因果応報な話

2012年2月 9日 (木)

ぽっこりおなかの催眠術師?!

 夜の八時を過ぎていた。湯気が立ち上っていくのをぼんやり眺める。ふうっと息をつく。
 体じゅう強い力が入って、手と足がときどき、かってに動く。息苦しくもなる。湯船につかり、こうしていると、運動神経の障害によるその症状も、いくぶんやわらいでくる。
 代わり映えのしない日々だけれど、きょうも無事に過ごせたことを思う。
 平成二十四年二月八日、入浴介助にみえたのは、ずんぐりむっくりの人のよさそうな三十代の男のヘルパーさんだった。
 玄関から部屋へ来て正座し、ぽっこり出た腹を無意識のようになでる。その手につられ、ぼくの目がいく。
「このイベリコ豚が、今晩の入浴介助をさせていただきます」
 おじぎをし、準備にとりかかる。
 長町南(仙台市)のアパートで訪問介護サービスを利用しながらぼくは暮らしている。風呂日は、週三回で、五、六人のヘルパーさんが代わりばんこにみえる。そのなかでは彼がいちばん多いだろうか。
「みてください。また腹が出てしまいました」
 いつもはそんなやり取りがあるのだけれど、この日はちがっていた。縮こまりながら、
「寒いですね。あした、あさって、さらに冷え込むみたいですね。また雪がどかっと降るみたいです。ぼくんちの駐車場も積雪で、仕切りがわかんなくなっちゃって…。早く、あったかくなんないですかねって、ぶくぶく太って、尾崎さんの介助中に肉汁のほとばしるぼくが言うのもヘンですけど…」
「いえいえ、ぼくも用足しで、外へ出たけど、ほんと寒かったです」
 ちなみにぼくの体重は、あっても四十一キロで、成人してから四十四歳のいままで、ほとんど変わっていない。身長は正確なところがわからない。膝などの関節がまっすぐ伸びないからだ。巻き尺で測り、百五十センチぐらいかなぁ、と見当をつけている。
「こっちは鶏ガラですからね、この寒さは骨身にしみますよ」
 にっこりぼくもつぶやく。さらに長町南(仙台市)のぼくのいるアパートのあたりはこの時期、風が吹きあれる。
「なんか、ため息の出る話ばかりですね」
 しみじみぼくも、うなずく。ふと浮かんだ。
「そういえば! CMにガッキーが出てましたけど、みました?」
 ヘルパーさんの細い目がたれる。
「ガッキー、髪みじかくして、ますますかわいぐなりましたよね」
 彼からなんども聞いていた。ガッキーは、女優の新垣結衣さんの愛称である。ちなみにぼくは志田未来さん派で、
「ところで志田ちゃんは、出てますか」
 きかれても、最近はと首をふる。何かの番組には出ているはずだ。ぼくがテレビをみるとき、ちょうどそのタイミングをはずしてしまっているのかもしれない。そう思って番組表をみると、名をみつけるのはいつも、その出演番組が終わってからだった。
「まぁ、いいや。次があるさ」
 ひとりつぶやく。
 風呂上がり、テレビをみながら、しばしゆっくりとくつろぐ。
 日によって、いろんな俳優やタレントが出ている。よく思う。身近なところにも、なんと似ている人が多いものか。ぼくのアパートにみえているヘルパーさんやボランティアさんだけでも、数え上げればきりがない。
 くまだまさしさん、楽しんごさん、クレオパトラの絵さん、柄本明さんなどなど、あまりにも雰囲気が似ていたりする。ふだん関わりが多いため、このブログにも人物描写のあとで無意識につづっていたりする。
 入浴介助にみえていたぽっこりおなかのヘルパーさんは、Oという事業所からの派遣である。まだ正月過ぎてまもなくだった。
「うちの社長がみんなに、くまだまさしって呼ばれているのは、もう本人も知ってるんですよね」
 聞かれてうなずく。だいぶ前に、ふとよくわからない衝動にかられ、そのYouTubeの動画のアドレスを、メールの用件のあとに貼りつけて送ってしまった。
 どこかで見たような気がするんですが、知ってますかとコメントをつけた。すると、
「これは、くまだまさしです。もしかしてぼく、似てますか(; ;)ホロホロ」
 泣き顔マークがついて返ってきた。彼も、うすうす感づいていたようだ。お茶目で、たまに向こうからも小さないたずらをしかけてくる。そんな男同士の仲だった。ちなみにぼくは、何種かわからないが、〈おさるさん〉なのらしい。人づてに聞いて、なるほど、とうなずいた。
 坊主頭で耳がでっかい。体が小さい。そこからすれば、おそらくぼくは、チンパンジーあたりか。
 すると、ぽっこりおなかのヘルパーさんが聞いた。
「じゃあ、うちの所長が〈ほっしゃん。〉似って、いつごろから気づいてました」
 戸惑いながら、ぼくは答える。
「え~と、初めて会ったときからです」
「目もとのあたり、そっくりですよね。本人にちゃんと伝えました?」
 O社の所長さんも、ときどきヘルパーでみえる四十代の女性の方である。
「いえいえ、だって所長さんは、おしとやかな方だし、〈ほっしゃん。さん〉なんて、とんでもないですよ」
「そこをなんとか、代表して伝えてくださいよ」
「う~ん」
「尾崎さんの今年の目標は、うちの事業所の所長が〈ほっしゃん。〉だとブログにかくことです」
 それから、
「まだですか。目標達成は、いつですか」
 と聞かれ、首をふる。そのやりとりがなんどかあって、彼の暗示にかかってしまったのだろうか。
 何かにつき動かされ、この文をつづる…。

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2011年7月 7日 (木)

小さないたずらのあとに…

 夜も静まりかえっていた。アパートの部屋でひとり、すのこベッドにすわって、本に向かっていた。わきの低い棚にブックスタンドがあり、読みたい本は、いつもセットしてある。
 こまかい動作ができないぼくは、それでも、手でむりやりめくろうとすると、連動して首のほうへ強い力が入る。いったん激痛が起こると、もうまったく動けなくなる。
 この運動神経の障害を、ひと言で言えば、本人とは別な意志をもった意地悪な人がひとつの体に共存していて、
「ぼくは、手をこっちへ動かしたいんだ」
「そんなら、オレは、その逆へ動かしてやる、へへへ」
「くっ、くるしい~」
 とやり合っているような感じだろうか。
 手の代わり、体全体を動かしながら、鼻やあごを使うぶんには、その症状も、いくぶんゆるくすむ。
 だからそうやって、いつでも読めるよう、本はブックスタンドへセットしてある。
 その夜も、そうやって、ページをあごでめくっていると、玄関のノック音がした。壁かけ時計を見あげると、もう夜の十一時五十八分になるところで、就寝介助のヘルパーさんがみえるころだった。
「こんばんわ~。あら、尾崎さん、床屋に行ったの~。い~ねぇ、短くなって、気持ちよさそう~。じゃ、歯磨きから、はじめますね」
 おかっぱ頭で、年のころは、四十代前半だろうか。
  ピ~ピ~ ヒャララ~
  ピ~ ヒャララ~
  ドン ドン ドン
 笛も太鼓も鳴っていないけれど、この主婦のヘルパーさんがみえると、お祭りみたいな雰囲気が漂う。
 介助が進んでいく。
「じゃぁ、手、拭くね。おっとっと…」
 動かさないようにしようと思うと、逆にますます手があちこち動く。それをようやくつかまえ、拭きながら、
「やっぱり、手ぇ動くのって、無意識なんだよね。その感覚、あたしのあたまじゃ、むずかしいんだけど、ヘヘヘ、あの蚊にさされて、無意識にかくのとは、またちがうの?」
「そうね…」
「疲れませんか?」
「そりゃあ、寝ているとき以外は、ほとんど、いつもむだな力が入っているから、ときどき横になって休まないと、もたないですね」
「なんども聞くけれど、かゆくて、かくのに、動くのとは、ちがうの?…」
「それは、まったくちがうよ。たとえばですね、もう一人のだれかが共存していて、意地悪でものすごく力を入れられたり、動かされたり、抑えられたり、そういう感じです」
「あっ、そうなんだ。わかりやすいけど、この時間に聞くと、なんか、こわいよ~」
 そのとき、ビリ、バリッと、音がした。
 夜になり、気温がいくぶん下がったので、壁や柱が縮んだのだろう。ヘルパーさんは介助しながら、
「えっ、なにっ、お化け。尾崎さんの体から出てきたの?」
 ほんとうにそう信じ込んでいるようすで、キョロキョロ見まわしていた。
 ぼくは、愉快になってきた。
「そ、そうかもね…。ぼくの体の中にいるのが飽きて、飛び出しちゃったのかな」
 着替えの介助がすみ、布団をかけながら、ヘルパーさんが、
「尾崎さんは、ほんとに一人で、コワくないの?」
「平気ですよ。だっていつも、ぼくの体の中で闘っているお化けだもん。何されたって、へっちゃらだよ」
 心配顔でなんどもふり返り、ヘルパーさんは帰っていかれた。
──脳性まひでかってに手が動く感覚として、わかりやすいかな、と思ったんだけどな。時間も時間だし、このたとえはちょっと、たしかに、こわかったかもなぁ。なんだか、わるいことしたな…。
 布団の中で暗闇をみつめながら、ため息をついていると、バチが当たったのだろう。かけてもらっていた肌がけ布団が、いきなりずしんと重くなる。志田未来ちゃんのようなかわいいお化けなら歓迎なのに、
「ひひひ~」
 ぼろ布をまとったじいさんか、ばあさんか。顔が汚れていてわからないが、ホームレス、というより、むかしの乞食といったほうがしっくりくる。不気味に見おろしていた…。
「ひょえ~」

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