よのなかを生きていくとは

2017年6月13日 (火)

日本のお偉いさんへ

「共依存症」
「統合失調症」
「更年期障害」
「双極性障害」
 まだかじったばかりですが、本をいろいろ読んでおりました。日本の福祉サービス利用者のひとりとして、不安をだいているからです。
 病気が重くなると、専門家でも対応が難しいそうです。
 介護職のひとたちのメンタルの管理を、ちゃんとやってもらえる仕組みを作ってもらわないと、福祉サービスの利用者は、安心した生活を送れません。活動や人付き合いも、少しでも楽しく生活がしたいと思っても、逆に阻まれてしまうのです。
 支え手のプロであるはずの人たちが、壁になってしまうのです。
 厚生労働省も、高級官僚も、政治家も…、そのへん、認識してらっしゃるのか
 なんでと聞いてくださるなら、克明にご説明いたしましょう
 まあ、いい
 今はぼくも、数年の福祉現場の動向、現実にそって方向を変えるため、勉強に力を入れるだけです

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2017年5月31日 (水)

年と共に

20175311

 出かけて店の窓ガラスに映る、自分を見ることがある。
 髪が1ミリだと、前の中央の白髪が、ハゲにみえるんだな。
 自分じゃ、信じられんけど、もうすぐ四十代ともおさらばさ。
 年と共に、何が変わったか。白髪とシワがふえた。それだけだな。
 年代を基準に、よくどうこういうけれど、
 子供がいないから、親心が話題になってもわからん。
 家庭ももっていないから、そういう話もわからん。
 彼女だっていたことないから、そういう話もわからん。
 昔はよかった、という話も、興味ないしな。
 あこがれる女優さんやアイドルの年代だって、
 小学校低学年のころと、なんら変わらん(これはたぶん、彼女がいたことないからだと自分では思うんだな。中身の年齢は、経験の種類や立場の変化で変わるんじゃないか)。
 さりとて、まわりに話を合わせんと波風立つから、話をふられりゃ合わせて頷く。
 しかして、ひそかに思う。この世の中、なんで自分と他人を区別しないで、同意して当たり前、みたいに話す人が多いんやろな。
 そういう社会であるいじょう、気にしてどうこうなるわけじゃないし、しゃあないな。
 それより、いま気になってんのは、この髪の長さだ
 少し伸びたから、ハゲに見えなくなったな。
 けれどいまは、何を言われても、
 あこがれの本田美結ちゃん、広瀬すずちゃんに、いわれたわけじゃない、と思うから、傷つかんよ。
 そういえば、年齢若いころは、それは、なかったな……
ヘ(・.ヘ)(ノ.・)ノしりふりダンス♪

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2017年4月20日 (木)

生きていく強さ

 電動車いすを歩道のわきに寄せて、一息つく。心地よい風が吹く季節になった。小さな花が、かすかにゆれている。
 長町南(仙台市)も四月にしては、温かな日が多かった。先日は区役所や郵便局などへ用があって出かけた。
 脳性まひの障害のためはっきり話せなくても、受付窓口の職員さんがなんとか聞き取って代筆してくれる。だから、そちらの用足しは簡単な手続きならひとりですませられる。
 昼過ぎまで自宅訪問していたヘルパーさんが用が終わって帰る。そのとき、玄関から電動車いすへ乗せてもらうのだ。
 用足しに行き、それが早く済んだときは、公園やショッピングモールへ寄ってみたりする。
 外へ出ても、心ない人にであって、気が滅入ることもあるが、それだけではない。
 だいぶ温かくなったとはいえ、日陰などは風が吹くと、まだ寒く、その日もダウンのジャケットを着せてもらっていた。電動車いすを寄せ、エレべーターのボタンをいつものようにひじで押そうとする。そうか、まいったな。
 ダウンのジャケットのふわふわしたそでに包まれたひじでは、くぼんだボタンがなかなか押せない。ひとりでボタンを引っ込ませているふちと格闘していたのである。
「ボタン、押しましょうか」
 小さな子を連れた若いおかあさんが助けてくれた。礼をいってエレベーターへ入ることができた。
 外では電動車いすをちらっと見て、進んでいる先の自転車を、そっとよけてくれていた小中学生にもであった。
 いまどきの若い者は、なんて、よくきくけれど、大人だって、子どもだって、人によりけりではなかろうか。
 そうかといって、ぼく自身も、同じ愚を犯し、特定の立場の人をひとくくりにして距離をおいてしまう心がある。大きなショックを受け、傷ついた心では、共通するものがあると、関係ない人まで、こわくなってしまうのである。
 自分の心さえ、そんなふうにままならない。それを隠すためかっこつけたりしながら、どうしていいかわからずにいる。考えてみるにしかし、だれもがそんなものを背負っていたりするのではないか。
 帰り道、近所の小公園へ寄った。何本かの木に白い花が満開で、しばし見入っていた。その淡い姿には、つつみこんでくれるような優しさ、けなげに生きる強さを感じた。たぶん桜の一種なのだろう。車の行き来が多い小公園である。
 排ガスをかぶっても、毎年この場で、清楚でかれんな花を咲かせ、ここにくる人々の心を和ませてくれていたのだろうか……。

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2014年11月10日 (月)

街路樹のおばさん

 電動車いすで歩道を行く。
 パリッ、パリ、と落ち葉を踏む音に、街路樹を仰いだ。ずっとつづいていた緑が、赤や黄、茶に染まっている。なんとなく、パーマをかけたおばさんが、道を行き交う人にはっぱをかけているようにもみえる。
 樹木や植物にも感情の変化がある、という実験結果があるらしい。だとしたら、いまのぼくは、どう思われてるんだろう。どっちつかずの、ただの意気地なし…。そうかもしれない。だれにでもやってくるジレンマに、すくんでいただけだ。
 近所へ用があって、アパートの玄関から外の電動車いすへ移乗してもらったのは昼近くだった。小鳥のさえずりが、コンクリートや建物に響く。青い空が広がり、陽射しは温かい。
 日陰にはいると、風の冷たさがいくぶんほおを刺すようになった。十一月十日、暦の上ではもう、立冬を過ぎている。
 行き交う車の排気ガスを浴びながら、街路樹は定められた場で、夏の暑さ、雨風のなかもふんばってたえてきたのだ。
――進むからには覚悟せんと、避けて通れんのがあるんや。すくんだら、あかんで…。
 なぜ関西弁なのか。あたりをみた。それらしき人はない。
 首をかしげる。髪を染めた街路樹のおばさんが、心なしかぼくをみながら、笑っている…。

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2013年1月14日 (月)

願い

 八畳間のアパートの部屋でパソコンに向かう。ひと息つき、どんよりした気配をレースのかかった窓越しに眺める。置き時計は朝の九時三十分を過ぎるところだ。
──積もるかもしれないな。
 四、五センチを超えれば、車いすで町を行くのは、厳しいかもしれない。病院通いも、タクシーを使わざるを得なくなる。
 北国の人々の暮らしぶりのひとこまが眺めていたテレビに映っていた。
 長い髪の女のレポーターだった。ある家の風呂から上がって外へ出ると、二十秒で髪の毛が凍ったという。みてください、と髪の毛の根元のほうを持って、夜空へ向けた。ガチガチで、ロックバンドのX JAPANみたいな髪のかたちになっていた。
 北海道の知り合いがね、と身近で関わる人が言っていた。
「一日に、四、五回も雪かきしてるんですって」
「へぇ、そうなんですかぁ」
 医者の診断で自分のやっているリハビリなど、せいぜい十五分ぐらいだ。日々の体調のことも、病気のとき以外は、自分から伝えるのが基本だと思うが、たまにいつも向こうから異常なくらい事細かくたたみかけてきいてくる訪問介護の人もいて、
──病気持ちでも、認知症の爺さんでもあるまいし。なんだか、病院にいるみたいで落ち着かないな…。
 内科的にどこもわるくない四十五歳のオッさんは、胸のうちでつぶやく。いろんな人の介助を受けて生活するなかではこういう介護士との出会いもつきものだ。北国の雪かきと比べたら、手足が不自由な者には仕事のうち、と割りきれる気もしてくる。
 平成二十五年一月十四日、早いもので、年が明けてから半月である。
「今年の抱負は、なんですか」
 よく耳にする。このブログをかきはじめて何年になるのだろう。
──う~む。
 読み返して悩む。
 脳性まひ、という障害について、ふだん福祉に関わりのない人に知ってほしい、という思いがあった。
 それもだいじだけれど、福祉の現場はシビアである。自分が訴えたいことをもう少しかいていったほうがよさそうな気もしてきた。
「介護にたずさわる人たちの給料を、あげてほしい!」
「重い障害があっても、社会活動のネックになる生活保護を使わずに、地域生活ができるしくみを作ってほしい」
 重い障害や難病があっても、思う活動ができるようにするためだ。
「ならば、自分で作ったらいいだろう」
 と言われても、人にはそれぞれ、器があろう。あんぽんたん頭ではどうしたら実現できるかわからないので、その方面に得意な人にお願いしたい。
 この冴えないオッさんにできることは、なぜ、そう思うのかを、拙文で伝えるぐらいしか思いつかない。
 だれもが誇りを持って生きる。そんな社会にしていきたいからこそ、ひとりの人間としてのあるがままの心を、いくらかでもわかるよう伝えていく。そんな文をめざしたい…。

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2012年5月 9日 (水)

隣の芝生は青い

 住宅の並ぶ道のはじっこを、電動車いすで進む。近くのヤマザワスーパーへ、自宅にきたヘルパーさんと昼前に出かけた。
 平成二十四年五月九日、雲がひろがり、ちいさな青い空がところどころ、のぞいていた。ほおをかすめる風が心地よく、その道すがら、いつしかこれまでのことへの思いをめぐらせていた。
 手足があまりいうこときかず、舌がもつれ、言葉がはっきりしない。脳性まひによる体の重い障害がぼくにはある。
 それでも一度きりの人生なら。
 障害者施設の歯車としてしか生きられない生活に見切りをつけて何年になるか。いまはアパートをかり、訪問介護サービスを利用しながら地域生活を送っている。
 といってもそれで自分らしい暮らしができると、期待しているわけでもない。二、三時間おきに介助者の手が必要なのは変わらないからである。
 施設の部屋ではなく、自宅の部屋へ、介助者がくるかたちになっただけだ。
 介助でどんな人がくるかは、その日、その時間になってみないとわからないのである。
 どちらにしても、たいへんなのは変わらない。ならば、いろんな人のいる地域の風を感じられるところで生きていたい、と思った。
 このブログを読んでくださった方に感想のメッセージをいただくたび、励まされる。
 地域の人に自分の障害を理解してもらいたい。
 生活に影響する介助者と、どううまくやっていけばいいのか。迷いは生きていくかぎりつきものであり、そのありかたを探りたい思いがあった。
 波風立てず、和を大切にし、読んでくださった方に、いくらかでも楽しんでもらいたい。あえて宝探しのように、みつけたものをそれに沿うよう、工夫して書いていた。その努力がしかし裏目にでるときもある。
 いつも楽しそうでいいな。介助者は指名制なんだろうという印象になってしまうこともあるようだ。
 福祉の現場のきびしさは、文字にしないと伝わらないのだろうか。介護士、つまりこの職業の競争率はかぎりなくゼロに近い。いや、このままではマイナスいくらになる日も遠くないだろう。
 福祉サービスの利用者として、どんな介助者と出会うか、という不安は年々大きくなるばかりだ。
 ぼくの場合、合わない人が続くのは心身ともにきついから、いろんな人に来てもらうかたちにしていただいている。人手不足が深刻になれば、そうもいっていられまい。我慢しつづけるしかなかろう。
 たまに、
「働くのがつらいから、重度の障害者になりたい」
 うらやましい、という声を聞く。
 仕事のつらさも、人との関わりによって生じるものだろう。事故にあって、念願の寝たきりになっても、こんどは選べない人の手が必要になる。きつい介助者がくるかもしれないし、それに体の痛みも加わってくる。彼らはそこまで想像して言っているのだろうか……。
 スーパーの入り口に着く。
 あらかじめ、メモしてもらっているのを、カゴに入れてもらう。
「青菜は、いちばん安いので…」
 サポートしてくれていたのは、いつも穏やかな三十代の男のヘルパーさんだった。尾崎さん…、と呼ばれる。
 何種類か並んでいるばあい、そこへ行って、一緒にみながら選ぶのだ。
 帰り道、家々が立ち並んでいる。それぞれの庭に、赤や黄色の花が咲いていた。
 虫が一匹、跳ねた。
「あったかいって、動きやすくて、やっぱりいいですよね」
 その声に、にっこりぼくもうなずく。
 だいぶ前、このヘルパーさんに介助してもらっているときのことがよぎった。話のやりとりの流れで、首をかしげ、
「わだしも、カマキリ虫っていわれたことあります。ほかの人はみんな、人間か動物なんですよ。なんで、わだしだけ、昆虫なのか…」
 気づかなかったけれど、ぎょろっとした目のあたりが、たしかにそれらしかった。声はしているものの、ついてきているはずのヘルパーさんが、いるかどうか、急に気になって電動車いすをとめ、ふり向いた。
──カマキリ虫の化身?

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2012年1月19日 (木)

みえないんだからさ…

 煤けた顔に、衣も泥がついている。旅の途中、泊まった小屋で休んでいると、目をぎらつかせた変態男が、か弱い女とみて、犯そうとする。
 スパッ
 指を刀で切られた男は、あわてふためいて逃げていく。
 女優の綾瀬はるかさんが演じる盲目の旅芸人、名は市という。逆手切り、という抜き打ちの剣術は、自分で身を守れるよう、父親が教え込んだもののようだ。その探していた父が旅の途中、流行病で亡くなっていたと、あとで知ることになる。
 泊まった小屋の暗闇で、市は小さくつぶやく。
「何を切るか、わからないよ。みえないんだからさ…」
 そのセリフが決まっている。かっこいい。障害があっても、この世で生きるために、努力のうえ獲得した身を守るすべだ。
〈ICHI〉とは、強きをくじき、弱きを助ける盲目の剣客映画〈座頭市〉シリーズのひとつである。だいぶ前、このコマーシャルが流れていたとき、主人公を演じる綾瀬はるかさんがカッコよく、おもしろそうだったので、
──DVDが出たら、かりよう…
 と思っていた。
 いろんな雑事でくたびれた夜は、ドラマをみるのが楽しみだったが、このところ、あまりおもしろいものがない。ふと思い出し、インターネットの〈楽天〉レンタルサービスでDVDを借りてみたのである。おかげで気晴らしになった。
 どこから、何がくるかわからない
 生きていくうえはだれだって、そんな不安はつきまとうだろう。ぼくは脳性まひ、という運動神経に関わる障害で手足があまり利かない。言葉も舌がもつれ、はっきりしない。
 子どものころ、施設で成長していくにつれ、まわりの大人のひとと信頼関係が成り立たない状況のなかで、この社会で身を守るすべは、文しかないと思うようになった。割りばしをつけたサンバイザーをかぶれば、あたまを動かしながらワープロのキーを打ち、時間はかかっても長い文が作れるようになった。
 あのころから、どれぐらいたつのだろう。気づけばぼくも四十四歳になっていた。いくら努力を重ねても、ままごとみたいな文しかかけなかった。けれど、おかげで時を経て、自分の身を守る盾になった。
 いまは介護サービスを利用しながらアパートを借り、いろんな人のいる地域で暮らしている。
 次の旅へ一人発つ、綾瀬はるかさん演じる市の背中には、どこか哀愁がただよう。
──自分の身を守るだけでは、まだだめだ。この社会の多くの人に、こんな文ででも、伝えていかなければならないことがある。口のきけない人、寝たきりの人へしわ寄せがいかない、真の社会の実現を願う。福祉が強者のためだけのものであってはならない。ぼくももっと、力をつけねば…。
 心に誓う…。

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2011年1月13日 (木)

心の元気

 ストローをさして座卓においてもらった酎ハイをすすりながら、ひとりでぼやいていたりすることがある。疲れがたまっているな、と感じるとき、あえてそうしてみると、いくらかは気がラクになってくるからだ。
 入浴介助のヘルパーさんがみえ、風呂につかり、上がったあとは、部屋でひとり、静かに過ごせるひとときだ。
 いつも人と関わっているあいだは、ムリをしてでも、つとめて笑顔をつくっているもの。そこには、相手への気づかいだってあるだろう。
 だからぼくは逆に、にこやかな顔をしている人に会っても、ただそっと笑顔で返すだけだ。
 けれど、そうしていると、ときどき、
「しあわせそうで、うらやましい」
 そして、これまで自分がどんなに苦しんだか、という話をきかされることもよくあったりする。
 少し嫌気がさして、
「ほかの人のことは、自分も含めて、しあわせにみえる。そんなもんじゃないでしょうか…」
 やんわり言うと、
「それも、そうね」
 気づいてくれる人も多い。
──だれだって、みえないところでは、たいへんな思いをしながら生きているんだ…。
 けれど、わかってもらえない人もいる。そういう人の言うことは、それはそれで聞き流し、やり過ごすしかなかろう。
 重い障害の人は介助者と、そして健常の人は仕事の場で、選べない人との関わりがある。そこで、心ない人と出会い、傷ついて悩んだりすることも、ときにはだれだってあるだろう。めんどうくさい、という思いだってしているはずだろう。
 ストローで酎ハイをすすりながら、体に障害を抱えて生きてきた年月をふり返り、しみじみ思う夜もある。
──障害があってもなくても、みんな、おんなじさ…。
 ひとり、苦く笑う。
──人の命なんて、どうせ短いもの。いいことだけ受けとめ、前だけ見ていよう。
 気分が落ちつき、われに返る。
 みつめていたテレビからドラマのシーンが飛び込んでくる。
「なんか、〈ごくせん〉と似ている…」
 女優の香里奈さんが、派手なカッコウで街中を駆けずり回っている。彼女が演じているのは、高校教師らしい。
 新任早々、荒れたクラスを任されながら、それを受け入れ、全力を尽くし、もがく姿があった。
 ナンバーワンのキャバクラ嬢として働いていたおネエさんが、ひょんなことでその地位を離れ、高校の先生へ転職することになった。
 店へ通っていた客の中に、例の高校の校長先生がいたのか。荒れたクラスの生徒たちをもてあましている、ということをママに愚痴っていた、ということだろうか。あるいはちがうかもしれない。いずれにしても、店のママに、
「うちでナンバーワンのあのコなら、なんとかしてくれるかも…」
 あるいは、
「もっとほかの場所で成長できるコ」
 という思いがあり、話を持ちかけられ、考えて決断した。そんないきさつか。
 缶酎ハイと梅酒をストローですすっているうち、体の苦痛も、だいぶラクになった。
 脳性まひ、という運動神経にかかわる障害で、ときどき手が、思わぬほうへ動く。強い力がかってに入り、息苦しかったりもする。
 けれどアルコールの酔いがまわってくると、その症状がやわらぐのだ。気分も晴れてくる。
 みているドラマにも集中でき、より楽しめるようになってくる。気がつけば、四十三歳の冴えないオッさんも、美人の女先生へ、
「負けないで」
 声援を送りながら、いつしか心の元気を取り戻す…。

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2010年4月 9日 (金)

きびしい冬をのりこえれば…

 やわらかな日射しが、ベランダの窓のレースのカーテン越しにさし込んでいる。
 朝の訪問のヘルパーさんが八時半で帰ってから、ぼくはひとり部屋で、いつものようにパソコンで用を片づけていた。
 銀行の入出明細をネットからパソコンに取り込み、そのデータを家計簿ソフトに打ち込んでいく。
 居宅介護サービスの、新しい受給者証が、役所から届いていた。それの連絡が必要なところへメールを送っていたが、届いたのかどうか。残りふたつの事業所から、まだ連絡がない。たぶん、忙しいのだろう。あとで、電話でもしてみよう…。
 ひとつひとつ用を片づけていると、ふと数羽のカラスが鳴いているのに気づいた。プラスチックのゴミ出しの日で、朝みえたヘルパーさんに、集積所へ運んでもらっていた。もしかするとカラスは、あちらこちらから、餌をあさりにそこへ集まっているのかもしれない。
 しっかりしたこわいろで鳴くもの、少し調子っぱずれ、かったるそうに鳴くもの。それらの鳴き声を聞きながら、しみじみ思うぼくがいる。
 カラスだって、きびしい状況で生きていくために、みんな必死なんだ。
 ぼくも脳性まひ、という運動神経の障害で、口がうまくしゃべれないぶん、自分の思いを伝える手段をもつために、しにものぐるいだった時期もあった。
 おかげでパソコンを使えば、時間がかかっても、なんとか自分の思いを文というかたちで表せるようになった。
 ふり返ると、むかし、追い込まれた状況で自分を守ってくれたのは、文というかたちで、しかるべきところへほんとうのことを伝えることができたからだった。
 口がダメでも、思いを文というかたちで伝える手段のあるぼくは、まだしあわせなほうではないかと、ときおりしみじみと、思い出すあのころもある。
 体に障害のあるなしにかぎったことではない。
 学校や職場で起こるいじめの問題にしても、そうだろう。本人が勇気を出して、闘わなければ、だれも助けてはくれないし、そこから前へ進めない。そんなふうに思ったことが、少なからずある人もいるはずだ。
 体の障害がぼくより重い、ほとんど寝たきりだった先輩が、ふと呟いたことがある。
「おれは文章なんてわかんないけど、おめえはワープロ使えば、なんとかうったえられるんだ。しゃべるのにハンディあっても、ちゃんと武器もってるんだからな。だいじに磨いていけよ」
 ずっとむかしの話だが、これまでくじけそうになったとき、ふいによみがえり、支えてくれたメッセージだった。
 いくら努力しても、あいかわらずへたな文しかかけないぼくだけれど、あのころより、少しはわかりやすく、自分の思いが伝えられるようになっただろうか。
 アパートの玄関のドアを叩く音がして、われに返ると、もう次のヘルパーさんがみえる時間になっていた。とっても元気のいい四十代の主婦のヘルパーさんだった。意味ありげな笑みを浮かべていたが、
「おはようございます。よろしくお願いします。ねえねえ、尾崎さん、知ってましたぁ、きょうは山Pの誕生日ですぅ。どうでもいい話ですけど、フフフ」
 内緒話のようにあとのほうは声をひそめていた。ぼくもにっこりしながら、
「なるほど。山Pって、NEWSの山下智久くんですよね…」
 ヘルパーさんはなんだかうれしそうに、
「そう、そうなの。もう二十五歳になるんだって」
「えっ、ほんとに?」
 きょう、平成二十二年四月九日は、山下智久さんの二十五回目の誕生日なのらしい。なぜかぼくも、山Pの話で、いつのまにかヘルパーさんと盛りあがっていた。
 買い物の用があったので、そのヘルパーさんに玄関から外の電動車いすに移らせてもらった。ダウンジャケットを着せてもらっても、ときどき吹いてくる風は、まだ冷たく、冬用の上着で正解だと思った。
 けれども、ぼくのアパートの玄関向かいの家の庭にある梅の木の花がひらいている。その鮮やかなピンクにひかれ、電動車いすでそばへ行って、しばし見入っていた。
 地面のところどころには、紫や黄色、白い草花がゆれている。きびしい冬があるからこそ、春の花は、きれいに咲くのだという。たぶん、作家の五木寛之さんの本だったか、そんな話があったのを読んだおぼえがある。
 春の風の吹くなかで、鮮やかなピンクに染まった梅の花は、みているだけで、心が洗われるようだった。
「わたし、こんなにきれいに咲けたんだよ」
 うれしそうにささやく少女のような声が、どこからか、聞こえた気がした。

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2009年12月22日 (火)

音楽工房104の生演奏

 舞台の上で演奏している人は、音を料理する人で、みんなコックさんの恰好をしている。トランペット、バイオリン、ドラムなどの、
「おいしい音を召しあがれ…」
 音楽工房104(とよ)による生演奏を聴いた。仙台フィルハーモニー管弦楽団の団員を中心にしたアンサンブルで、知的障害のある人のスポーツや社会参加のためのチャリティーコンサートだ。
 知り合いの人が実行委員になっていて、誘ってくれた。
 夕方六時半から開演で、場所は太白区文化センター楽楽楽ホール二階である。ぼくのアパートから人が歩いて二十分ぐらいのところだ。
 玄関を出ると、ヘルパーさんが目をまるくした。
「この寒さ、半端じゃないっすねぇ!」
 ひょろりとした若い男のヘルパーさんが、外出の介助についてくれていた。
 平成二十一年十二月二十一日、考えてみると、あと十日で今年も終わりなのだ。
 部屋を出る前にみていたテレビの天気予報で、仙台市の気温は、零度といっていた。夕方五時半近くにアパートの玄関を出たが、外はすっかり暗くなり、風が吹くと、冷たい空気が耳にあたって少しいたかった。
 電動車いすの後をヘルパーさんについてきてもらい、二十分ぐらいで着いたが、ほんとに寒い夜だった。
 会場へ入るとホールのいちばん前の席に案内され、そこに電動車いすをとめて演奏を聴き入っていた。
 プロが奏でる生の楽器のリズムと音色が心地よい。
 コントもあった。ドラムの人がばちを落として、演奏家がみんなこけて、どっと笑い声が響く。必殺仕事人の曲を吹きながら、客席の暗いところから、トランペットの人が出てきて、歓声が上がった。
 客席の多くは、幼い子や小学生のいる家族づれだったが、ぼくもいっしょにその雰囲気を楽しんだ。
「特別な楽器がなくても、身のまわりにあるもので、音が出ます」
 ジュースのびんや、ペットボトルを吹いて鳴らすことはよくありそうだが、水道の蛇口に使うホースを吹いて、しっかりした音が出てくるのにはびっくりだった。ダンボール箱とひもと濡れたフキンの組み合わせから出る音もある。違った大きさのフライパンを並べれば、ドレミファの音になる。次々にくりひろげられる演奏者の実演に、会場の子どもたちも、興味津々だ。
 いつしかぼくの心も解き放たれ、子どもに返った。
 遊び心があれば、思わぬものから、思わぬ音が出る。
 そうか……。
 このメッセージは、少しくたびれ気味だったぼくへの、クリスマスプレゼントだ、と思った…。

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