共に生きる社会への願いを込めて

2016年7月29日 (金)

障害者である前に

 電動車いすで進む路面に、建物の影がくっきり浮かびあがる。
 雲間からの陽の光が並木の葉に映え、目を細めた。
 平成二十八年七月二十九日、長町南(仙台市)は朝のうち雲が広がっていたが、徐々に陽がさしてきた。
 昼前、自宅玄関から外の電動車いすに乗せてもらった。近所での用足しである。
 銀行の入り口へ進んでいる途中で、
「こんにちは」
 と小さな声がした。
 コンクリートの壁を背にしている男の子がいて、目が合った。小学三、四年生だろうか。建物の中で用を済ませているお父さんか、お母さんを待っているところなのかもしれない。
 その子へにっこりうなづき、あいさつをして、入り口へ進んだ。手足が不自然に曲がり、かってに動くのは、運動神経に傷があるためである。舌がもつれてしまい、ことばもはっきりしないけれど、びっくりしなかったろうか。あいさつしてもらえて、うれしかった。この気持ちだけでも、あの子に届いていたら、いいな……。気が滅入ることがあったけれど、勇気をもらった。
 電動車いすに乗っていて、背中がじとじとしてきた。
 スーパーへ寄った。足りない食材があったからである。
 入り口を中へ進む。冷房が効いていて、
「ふ~、涼しい。」
 店員さんが笑顔で、
「いらっしゃいませ」
 暑いですね、というように声をかけてくださり、ほっとする思いがした。
 生きていればだれだって、心ない言葉や態度に、傷つくときもある。理不尽な扱いだって受けるし、納得のいかない思いだって、たくさんするだろう。障害のあるなしではない。
 みんなだれかに支えられ、だれかを支えていると気づく。その一員としての誇りを、ぼくも忘れてはなるまい。

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2014年5月27日 (火)

車いす者の気持ち

 車いすを押してもらい、街のイベントなどへ出かけると、見ず知らずの人が声をかけてくださる。
 うれしいお心づかいをいただいたときは励みになるが、とたんに気が重くなることも多い。たとえば夜などデッカい声で、ヘルパーさんのほうだけに、
「この車いすの人のために、こんなところへ、こんな時間まで~? たいへんですわね~~~! お~っほっほっほ」
 こんな声がけが続くと、やっぱりへこむし、人を頼んで出かけるのも、おっくうになってくる。
 ダンナさんを連れたご年配の主婦といった感じで、けっして悪気があるわけではなかろうが、なにしろこういう人にかぎって声がデカい。
 車いすのぼくの気持ちを察してか、そっといっしょにいやそうな顔になって、少し遠くから見守ってださっている知らない人もいた。
 ぼくは体に障害があって、手をかりなければならない身だけれど、もう四十代の大人である。まあ、いいや、となんとか切りかえる。
 もしもである。車いすに乗っているのが、年ごろの男の子や娘さんだったら、傷つかないか。哀愁漂う冴えないオッサンの寂しさを、いつも癒やしてくれているあこがれの女優さんをも浮かべ、首をふる。
 志田未来ちゃんだったらどうか。本田望結ちゃんだったら、どうだろう。
 なんでもないふりをしながら、心のうちで、――なんなんだ、この無神経オバはんは…、と、ため息をつく。
 この主婦の方だって頭ごし、連れへ言われていたら、平気でいられるのだろうか。
「あらまあ、この奥さんのために~、こんなところへ、こんな時間まで~? ダンナさまも、たいへんですわね~~~。お~ほっほっほっ」
 あくまでも、にこやかに…。

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2012年6月26日 (火)

〈ATARU〉くん

〈ATARU〉くんとは、スマップの中居正広さんがドラマで扮していたサヴァン症候群の青年である。
 十年ほど前だったか、NHKの特集番組で、この障害のある海外の人たちを取材していたのをみたことがある。左脳が働かず、そのぶん右脳が発達した人や、その逆の人、そんな仮説の紹介もあった。
 日常生活やコミュニケーションは不自由だが、いちど読んだ本の内容を、ぜんぶ記憶していたり、いちど見たものを写真のように覚え、絵に再現する。いやなことも、忘れられないと苦しんでいる人もいた。
 日曜日の夜九時、TBSの日曜劇場で、ひょんなことから刑事をサポートすることになる、ちょっとお茶目なキャラで登場していた。症状独特の手の動き、顔の表情、目つき、賛否両論は耳にするけれど、ぼくは中居くんのその演技、よくがんばっていると思ってみていた。
 障害をもった人物がドラマで取りあげられるたび、
「バカにしてる」
 とか、
「あれはないよ」
 とか、否定的に騒ぐ人たちがいる。むかしはそれへ、逆に怒りさえ覚えたことがあった。
 そんなことをしていたら、障害をもった人物をドラマに取りあげるのが面倒くさくなり、お茶の間に登場しなくなろう。いつまでたっても未知の存在のまま、仕切りがなくならないではないか。
 じっさい福祉がすすんでいるようでも、街で脳性まひのぼくの姿をみて、怖がる人も、決して少なくはない。
 脚本家、監督、俳優、視聴者も含めて、わかる人にはわかるし、わからない人には、気づく機会、時期が来なければわからないのである。
 それより、いろんなひとの視野のなかに、障害者もふつうにいる。そんな社会にしていくための種まきにも、こういうドラマはなっているとぼくは思う。
 かりにひとつのドラマに、
「バカにしてる」
「あれはないよ」
 というのを〈障害者〉ではなく、〈健常者〉に置きかえてみるといい…。
 ひとつのドラマで描ける人物像なんて、せいぜい一面ぐらいだろう。見る角度だって、しかりである。だからこそ、こんどは、別の角度からみて描いてみようとなる。
 おととい日曜日は最終回だった。
「障害とか、病気とかっていうのは、なんていうか、名をつけて仕切らなければならないものでしょうか。愛すべき個性としてみることはできないものなんでしょうか。天才にしなきゃいけないものなんでしょうか?」
「わたしは、しっかり区別して、名をつけて、それぞれに合った対応を考えていくべき、と思います」
 たしか、そんなやりとりだった。ひょんなことから〈ATARU〉くんと出会った警視庁で働く者と、ずっと天才に育て上げるための任にあったFBI捜査官の言葉が心に響く。正しいとか、間違っているとか、ではない。どちらも〈ATARU〉くんの、これからを思う気持ちから発せられたものだ。
 重度の障害者、難病者は、いつも主人公としてとりあげられる。ときには喫茶店の隅にいたり、あるいは近所の友だちとかでも、いいのではないか。いつかそんなドラマが、みてみたい…。

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2010年10月30日 (土)

優しさに救われて

 平成二十二年十月三十日、窓からみえる空は、雲が広がっていた。
 ピアノのCDを流しながら、アパートの部屋でひとり、座布団にすわって、パソコンに向かう。
 手がうまく使えないので、割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら、それでキーを打つ。
 あたまを振りつづけていると、首や肩が痛くなるから、その前に休む。
 無理にしていれば、首や肩に激痛が起きて、動けなくなるからだ。
 それに加え、知らないうちに手足がどったんばったん動き出す症状もある。
 いつだったか電動車いすで進みながら、店の品物を眺めていた。そのとき片方の腕がだらんと伸びていた。
 だれかがわきにいるのに気がついた瞬間に腕が上がった。
 スカートをはいた中学生ぐらいの女の子が立っていて、いまにも泣きそうなようすだった。
「す、すみません…」
 急に手が伸びてくれば、だれだってびっくりしてしまうだろう。
 電動車いすを操作し、それ以上女の子を不安にさせないよう、静かに離れた。
 気を抜いていると、なにかのはずみで手や足が思わぬほうへ行ってしまうこともよくある。ときには、
「だいじょうぶですよ。びっくりさせてごめんなさい。わたしも小学生のころ、みじかい時間だったけど、障害のある子といっしょに遊んだことがあるんです。わかってますから…」
 そう言って、スカートにからまってしまった手を、ゆっくりはずしてくれた人もいた。
 一瞬生きた心地がしなかったけれど、いい子でよかったと、そのとき救われた思いがした。
 ぼくの体はずっと力が入り続け、手や足が、ときどきひとりでに動く。
 そして健常の人なら使わない部分の筋肉が使われ、しだいに体がバランスを保てなくなってくる。
 まだ障害者施設にいたころ、急に激痛がはしって首がまったく動かなくなった。
 リハビリの先生に半年ぐらい揉んでもらって、さいわい動くようになったけれど、それもラッキーなことだったらしい。
「尾崎くんの障害は、いつも体じゅうに強い力が入ってしまうんだな。十代や二十代だったら、多少の無理は利くんだけど、三十代過ぎると、それが体のゆがみになって出てきてしまうんだな…」
 寝たきりになっては元も子もないので、それ以来、なるべくリラックスしている時間をなんどか作るようにした。
 パソコンに向かうときも、根を詰めないように、すきな音楽を流しながらやる。
 そんなふうに気をつけるようになってから、激痛で何週間も動けない、ということはなくなった。
 障害者施設を出て、地域のアパートを借りて暮らすようになってから、気がつけば、あと少しで三年になる。
 いろんな人に支えられ、助けられてきた。
 電動車いすで町中を進んでいると、すれちがうとき、にっこりし、
「バイバイ」
 と手を振っていく小さな女の子になんどか会った。
 店の中では四つくらいの男の子だろうか。そばを通ると、品物を物色している母親から離れて、車いすの横にくっついて歩きはじめた。
 電動車いすに乗ったオッさんが、迷っているようにみえたらしい。
 にっこりし、
「だいじょうぶだよ」
 運動神経にかかわる障害で言葉がはっきりしないぶん、ゆっくり伝えた。
 男の子はにっこりしながら、ぼくが行こうとしているほうへ、前かがみになって手のひらを上にして向けた。ホテルマンが客を案内するときの仕草をして、母親の元へ戻っていった。
 幼い男の子のやさしさが、じんわり胸に伝わり、
「ありがとう。オッさん、負けないよ」
 小さな背中をみつめながら、そっとささやいた…。

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2009年5月18日 (月)

チョボラ

 地下鉄長町南駅である。
 エレベーターのボタンへ、柵の向こうから男の子が手を伸ばしていた。小学五、六年生だろうか。
 ぼくは、ちらっと見ながら、
「どうしたのかな?」
 男の子はタッチすると、そのまま去ろうとしていた。
 ぼくは出かける用があり、地下鉄長町南駅から仙台駅のほうへ行こうとしているところだった。
 電動車いすを操作し、エレベーターの前で止まる。そのタイミングで、ドアがひらいた。
 はっと気づき、
「あの子…」
 ふり返りながら去って行く男の子へ、あたまを下げた。
 あんな紳士みたいな心づかいは、なかなかできるものではない。まだ小学生なのに…。
 温かいものが、じんわりひろがった。

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2009年5月 8日 (金)

ダイワハウチュでいいでちゅか?

「ダイワハウス」と言うべきところで、なぜか赤ちゃん言葉になってしまう、大和ハウス工業株式会社のテレビCMがある。
 指摘されると、俳優の役所広司さんは、ムキになり、
「言ってないよ!」
 相手が映画かドラマの、年上の監督であっても、そこだけため口になる。
 監督は、まじまじと見ながら、心の中だけでつぶやく。
「なんで、ダイワハウチュ、なんだ。役所君…」
 ぼくはアパートの部屋でひとり、風呂上がりの缶酎ハイをストローですすっていた。酔いがまわると、脳性まひの苦痛が緩和されてくる。楽な気分でテレビをみていると、このCMが流れ、吹き出しそうになった。
 どうしてムキになって、否定するんだろう。まわりはなぜ、そんなに気を使うのか。いろいろ想像し、おかしくなった。
「なんでここで…」
 しっかり言いたいところで、ちがった言葉になり、あとでため息が出ることは、ぼくもよくある。だから、このCMが、なんとなく、引っかかったのかもしれない。
 舌がうまく回らなくなるのは、脳性まひという、運動神経の障害があるからだ。
 ある看護学校のお祭りに、何人かで行ったときもそうだった。
 学校の廊下の端で、電動車いすでぼうっとしていると、通りがかりの髪の長い女の学生さんに声をかけられた。やさしそうな笑みを浮かべていた。
 お話ししながら、学生さんの制服にぬいつけてある名前をみる。ぼくは、「○○さん」と言おうとした。ところが舌がうまく回らず、
「○○ちゃん」
 となった。
 よりによって、会ったこともない女のひとの名前のあとに、ちゃんだなんて…、しまった! と思う。
 けれどもなぜか、気にしているのは、ぼく本人だけだ。学生さんは、あたりまえのように、にっこりしながら、そんなぼくの話し相手をしてくれているみたいだった。
 言葉の障害で、だいぶ知能も低い、というふうにみえていたかもしれない。それなら、それでもかまわない。女の学生さんはそれで上から見くだす態度になるわけでもなかった。そんなことより、この学生さんには、それなりの心づかいさえあった。やさしい人で、よかったなぁ、と、ぼくはそれが身にしみた。
 多少の誤解なんて、気にしたところで、なんにも始まらない。逆に、完ぺきに理解し合える人との関係なんていうのも、しょせんは、あり得ないものだろう。くよくよするのは、よそう。
 ぼくも、舌がうまく回らず、赤ちゃんの言葉になっても、CMの役所広司さんみたいに、あたりまえにしていよう。
「ダイワハウチュで…」

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2008年10月 9日 (木)

電話の前でドキドキ

 伝えなければならない内容は、FAXで送ったが、
──電話もしておいたほうがいいかなぁ。
 ある保険の期限が切れるので、続けて利用するための手続き案内が、アパートのポストに届いていたのがあった。
 この保険料、いまのぼくの状況にはちょっと高いし、これから受けなければならないほかのサービスと内容がかぶる部分があると、あるところの人に相談して教えられたこともあり、もうやめておこう、と思っていた。
 まずはこの用事を忘れないうちに、きょう済ませておきたいと思ったのである。
 朝の介助で来ていたヘルパーさんが、九時で帰ってから、ぼくは電話の前へ四つん這いで這っていく。
 割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、電話のボタンにねらいを定めて、あたまを動かしながら、番号を押そうとしたが、ふと止まる。
 ぼくには脳性まひ、という障害があり、言葉がはっきり出てこなかったりする。
 よくなれない店に電話をかけ、どうにか用件を話し始めると、
「朝っぱらから、酔っぱらってるんですか」
 ガチャンと、いきなり電話を切られることがある。
 なんど経験しても、毎回やぱっりへこんでしまう。
 たぶんこちらの話を聞き取ろうともせずにそう言って電話を切る人は、健常者同士の関わりでしか、話のやりとりをしたことがなかったりするのかもしれない。
 言葉がはっきり聞きとれないと、ろれつの回らなくなった酔っぱらいの姿しか浮かばないというのも、そう考えると無理もない。
 適当なことばが浮かばないので健常者同士と書いてしまったが、どういう人が障害者で、どういう人を健常者というのか。これも考えはじめると、わからなくなってしまう。
 ぼくのいるこの社会って、どんな人を中心に回っているんだろう。
 いろんな人が世の中にはいるのだから、自分とちがうペースの人の存在も忘れずに認め、うまくつきあっていく能力も、人として生きるためには大切だと思う。なのに、小さいときからそれぞれみえない仕切りがあって、それが当たり前みたいな感じになっているのはなぜなんだろう…。
 ぼくはとにかく、用事をひとつ済ませるため、思いきって電話のボタンを押した。
「こちらは○○の○○保険ですが……、」
 型どおりの話し方で、若い女の人の声だった。ぼくは、電話のマイクに口を近づけた。
「保険の、契約更新手つづきの案内をいただいたんですが、この件で、いまFAXさせていただききました。届いてますでしょうか」
「はい?」
 どうやら、聞きとれなかったようである。
 そう思っていると、相手の人はペースを落とし、明るい声になって言った。
「すみません、もういちど、いってもらえますか」
 さっきとはちがい、親しみのこもった話し方である。
 それに聞きとれないときは、もういちど言ってもらえますか、と言ってじっと聞いてくれるところがいい。
 ホッとしながら、ぼくはもういちど用件を伝えた。すると、
「FAXですね! いま確認しますね…」
 こうしてぼくは、ひとつ用事を済ませることができた。
 話を聞かずにガチャンと電話を切られるのはショックでへこむけれど、こんな人が出てくると、逆に、勇気がもらえる。
 へこむことがあっても、がんばろう…。世の中、いろんな人がいるんだもんな。

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2008年9月18日 (木)

あんなちっちゃい子なのに…

 電動車いすを操作しながら、ザ・モール仙台長町のショッピングセンターで品物を見てまわっていると、四つくらいの男の子と目が合った。
 こんにちは、と言うと、かるく頭をさげた。脳性まひで、ことばがはっきりしない。けれど、通じたらしい。
 品物を選んでいるらしい女の人は、きっと、ママなんだろう。そこを通りすぎる。
 さっきの子が電動車いすと並んで歩いていた。あれ、ママと、はぐれちゃうんじゃないのかな。
 ぼくの運転しているこの電動車いすは、ブラックシートである。しばらく乗っていると、暴走族かヤクザの車をマネたみたいで、なんとなく落ち着きがわるくなった。そうでなくとも、この冴えない身なりには、色選び、ちょっと失敗しちゃったな、と気になっている。
 小さい男の子からすると、この電動車いすは、やっぱりほしかったりするのかなぁ。
 男の子は、「助けてあげなきゃ」という表情で、じっとこちらを見ている。どこかの冴えない雰囲気のオッさんが、電動車いすでうろうろしている。迷子になったんじゃないか。心配して、ついてきたみたいだ。
「だいじょうぶだよ。ありがとう」
 すると男の子は、ほっとした顔になる。こちらです、どうぞと手招きした。ホテルマンが案内するようなジェスチャーで、クスッとしてしまう。そのまま電動車いすで進んでいくと、バイバイと戻っていった。
 あの子ぐらいのころは、何を考えていたんだろう…。
 しみじみと、ため息をつく。
──障害があっても、ぼくは大人だ。しっかりしなきゃ。
 あの子のやさしさが、胸にしみる…。

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