音楽

2017年6月18日 (日)

疲れたときは音楽

 自宅にいるときはすきな音楽を流していると、神経の疲れが和らぎます。
 クラシックはピアノかチェロ、交響楽よりも、アンサンブルか、ソナタがいいです。
 J-POPは、新旧にかかわらず、耳にしていい曲だな、と思えば、ネットで探して購入します。
 スピーカーに使っているケーブルも、2種類もっています。
 日本の業務用のケーブルCANARE〈4S6〉は、1メートルで100円前後です。
 アメリカの業務用のBELDENのケーブルは、それより少し高めです。
 なんどかつなぎかえてもらって、聞きくらべましたが、いまはCANAREのほうをつないでいます。
 音楽の雰囲気がかなり変わります。
 BELDENをつなぐと、楽器が分離して、はっきりくっきり鳴ります。絵画だと写実的というんでしょうか。
 CANAREをつなぐと、音楽全体がやわらかくまとまり、スピーカーの位置より奥で演奏されているようで、広い建物で聴いているようです。まったりしたいときに、合います。
 ケーブルごときで音楽の印象が変わるなんて、はじめは思いもしませんでした。ひとりでゆっくり音楽を聴ける環境は、ぼくにとって欠かせないものであり、好奇心で試してみたのです。
 コンポの音が好みじゃないときは、業務用の安いのでいいんです。個人差はあると思いますが、スピーカーケーブルを代えるだけでも、いい感じに音が変わるかもしれません。
 最近は、とにかく、まったりしたいのです。
 手嶌葵の〈I Love Cinemas -Premium〉という洋画の主題歌をカバーしたアルバムや、上白石萌音の〈chouchou〉というカバーアルバムは、音が柔らかく奥からひろがるCANAREのケーブルが合うと思いました。
 どちらの歌い手さんも、優しく澄んだ歌声が子守歌のようで、疲れて休むときは、癒やされます。

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2017年6月 2日 (金)

〈Hello〉の楽曲もいい

 きょうは、井上苑子のアルバム〈Hello〉。
 ミュージックストア〈mora〉でダウンロード購入し、自宅のコンポでながしています。
 槇原敬之の〈どんなときも〉のカバーがスマホのCMでつかわれていましたが、1/fゆらぎというのか、独特な歌声が、疲れた体にしみわたります。
 アルバムの楽曲も、なかなかいいです(^^ゞ

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2014年10月20日 (月)

生演奏を聴きながら…

 指の動きが素早く、息をのんだ。
 仙台を中心に活躍されているギタリスト、Tacchyさんの演奏の高度なテクニックが、車いすでいた席からよくみえた。
「こんど、生の音楽、聴きに行きませんか」
 PCのハード面の調子がわるいとき、助けていただいている五十代の男のボラさんがいる。音楽にくわしく、息子さんもバンドをしている話を聞かせてくださったことがある。
「つかれてない?…」
 気分転換になるから、と誘ってくださった。出かけたのは、きのう夕方近くだった。
 遊楽庵びすた~り、というレストランが長町(仙台市)にある。料理だけでなく、ジャズ、フォーク、合唱といろんなジャンルの生演奏が、ときどきたのしめるところで、きのうも催しがあった。
「そろそろ夕食にする…」
 ビールのグラスにストローをさしてもらい、ちびりちびり、すすっていた。いくぶん酔いが回ってくると、脳性まひによる筋緊張が和らぐ。だいぶラクになっていた。にっこりぼくはうなずいた。そのころはたしか三人か、四人のグループで、南米系の演奏が流れた。聴いたり、みたりするほうへ、よりいっそう集中でき、舌の動きもいくぶんなめらかになる。話すのが楽になってくると、ボラさんへ、
「南米の音楽って、元気な曲、多いですよね」
「そうね。けどその中に、なんとなくもの悲しい雰囲気があるような…」
 悲しい歴史が関係しているんじゃないか、とそのわけを教えてくださり、あらためて聴き入って、うなずいた。
 疲れた心を癒やしてくれたのは、いつも音楽だった。それは共通なのかもしれない。
 ギタリストのTacchyさんのCDを、アパートの部屋でさっそく流してみた。軽快な響きが心地よく、そのリズムに、体をゆらす…。

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2009年12月22日 (火)

音楽工房104の生演奏

 舞台の上で演奏している人は、音を料理する人で、みんなコックさんの恰好をしている。トランペット、バイオリン、ドラムなどの、
「おいしい音を召しあがれ…」
 音楽工房104(とよ)による生演奏を聴いた。仙台フィルハーモニー管弦楽団の団員を中心にしたアンサンブルで、知的障害のある人のスポーツや社会参加のためのチャリティーコンサートだ。
 知り合いの人が実行委員になっていて、誘ってくれた。
 夕方六時半から開演で、場所は太白区文化センター楽楽楽ホール二階である。ぼくのアパートから人が歩いて二十分ぐらいのところだ。
 玄関を出ると、ヘルパーさんが目をまるくした。
「この寒さ、半端じゃないっすねぇ!」
 ひょろりとした若い男のヘルパーさんが、外出の介助についてくれていた。
 平成二十一年十二月二十一日、考えてみると、あと十日で今年も終わりなのだ。
 部屋を出る前にみていたテレビの天気予報で、仙台市の気温は、零度といっていた。夕方五時半近くにアパートの玄関を出たが、外はすっかり暗くなり、風が吹くと、冷たい空気が耳にあたって少しいたかった。
 電動車いすの後をヘルパーさんについてきてもらい、二十分ぐらいで着いたが、ほんとに寒い夜だった。
 会場へ入るとホールのいちばん前の席に案内され、そこに電動車いすをとめて演奏を聴き入っていた。
 プロが奏でる生の楽器のリズムと音色が心地よい。
 コントもあった。ドラムの人がばちを落として、演奏家がみんなこけて、どっと笑い声が響く。必殺仕事人の曲を吹きながら、客席の暗いところから、トランペットの人が出てきて、歓声が上がった。
 客席の多くは、幼い子や小学生のいる家族づれだったが、ぼくもいっしょにその雰囲気を楽しんだ。
「特別な楽器がなくても、身のまわりにあるもので、音が出ます」
 ジュースのびんや、ペットボトルを吹いて鳴らすことはよくありそうだが、水道の蛇口に使うホースを吹いて、しっかりした音が出てくるのにはびっくりだった。ダンボール箱とひもと濡れたフキンの組み合わせから出る音もある。違った大きさのフライパンを並べれば、ドレミファの音になる。次々にくりひろげられる演奏者の実演に、会場の子どもたちも、興味津々だ。
 いつしかぼくの心も解き放たれ、子どもに返った。
 遊び心があれば、思わぬものから、思わぬ音が出る。
 そうか……。
 このメッセージは、少しくたびれ気味だったぼくへの、クリスマスプレゼントだ、と思った…。

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2009年8月24日 (月)

コンサートや芝居が楽しめるレストランでゆっくりと…

 心に沁みるピアノの音が、店内に響きわたっている。優しくつつんでくれるようなメロディーは、ショパンのノクターンだ。
 弾いているのは、生まれつき右手首から先がない、という方で、左の五本指と、右の手首の先を使って器用に鍵盤をたたいている。ここまでになるには、かなり苦労をされたのではないか、と思われた。
 太白区長町(仙台市)にある「びすた~り」というレストランで、きのう、一周年コンサート、というのがあり、体に障害のある人も、ない人も、多数のアーチストさんがいて、いろんな音楽が楽しめた。
 コンサートや芝居がゆっくり楽しめる、障害者が働ける、そんなお店をつくりたい、という思いから、このレストランはオープンしたそうだ。
 いつもパソコンの調子をみてもらっているボランティアさんが、この店へ、
「いっしょに、音楽聴きに、行きませんか」
 と声をかけてくださったのだ。「びすた~り」という店は、少し前に教えてもらっていたが、中に入ったのは初めてだった。ちなみに、びすた~りとは、ネパールのことばで、ゆっくり、という意味なのらしい。それぞれのペースでゆっくりと歩もう。忙しい現代社会へのメッセージにも思われる。
 百年ぐらい前の民家を、木と土壁の素朴な雰囲気のよさを生かしながら改装されている。中へ入ると、幼いころの懐かしいふるさとを思わせる。それでいて、音響の設備がしっかりしていて、コンサートや芝居を、本格的ないい音で楽しめる。
 ほっとするような、温かい雰囲気がある。ウエイターやウエイトレスも、そして厨房も、障害者と健常者がいっしょに働いているようにみえた。
 ぼくは車いすでテーブルにつき、ボラさんに紅茶を飲ませてもらいながら、ステージをみる。
 脳性まひの障害があり、女性ボーカルの少し後ろでキーボードを、かっこよく演奏されている若い男性もいた。
 障害にも負けず、前向きに生きる人びとの姿があった。それぞれのアーティストのステージから、
――つらいのは、一人だけじゃないから…。
 そんな思いが、伝わってくる。
 日々に疲れてくると、自分ばかり、という思いになるのは、だれしも同じだろう。
 つかのまを、ここでゆっくり過ごし、元気になれた。

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2008年12月 7日 (日)

心にしみる ギターと歌声

 ボラさんに車いすを押してもらいながら、一番町の藤崎デパート前へ向う。
 あたりがうす暗くなってきて、空気が冷たい。
 雪がちらつきだした。歩行者天国のアーケードへ入ると、ブルーやオレンジ、赤の光が彩っている。
 クリスマスツリーが、歩道や店々に飾られていた。
 肩を寄せあうカップルがちらほらいて、ぼくの車いすの行く手をはばんでいる。
 そうか…、もうすぐ、クリスマスなんだぁ。
 そこで『エル・クルー』のコンサートがあり、きのうはボラさんと聴きに出かけていたのだ。
 ぼくは車いすで、よくみえる特等席に連れてきてもらっていた。
 冷たい風の中、やさしいギターのメロディーが流れ、きれいな声が響きわたる。
 歌っている女のひとの、白いドレスのすそが、ひるがえっている。
 吹いてくる風は冷たかったが、目を閉じて聴いていると、その歌声は、ぼくの心に灯をともしてくれた。
 脳性まひ、という障害がぼくにはあり、体と言葉が不自由である。
 何もしていないときでも、つよい力が入って、自分で抜くこともうまくできない。
 だからときどき布団に横になり、休むようにしている。そんなとき、ゆっくりしたやさしい感じの曲をかけると、よりリラックスできる。
 ふだん、パソコンが調子わるくなったとき、いつもみてもらっているボラさんと、ときどきメールのやりとりをしていて、その話になった。
「仙台にも、きれいな歌を聴かせてくれる歌い手さん、いますよ」
 と教えられ、きのう、はじめて聴きにいった。
 たくさんのカップルに囲まれたぼくは、
 ──もし、生まれ変わる、ということがあるとしたら、ぼくもこのカップルのうちのひとつになって、こんなすてきな歌を聴いていたいなぁ。
 いつしかロマンチックな気分に、ひとり、ひたっていた…。

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