日記・コラム・つぶやき

2017年6月20日 (火)

垣根の謎の黄色い花

 ザ・モール仙台長町の交差点側の生け垣に茂った濃緑の葉にまじって無数の黄の花が、咲いていました。
 この前電動車いすで通ったときは、見ごろは終わりかな、と思ったのですが、どうやらいまが盛りの花らしい。
 なんていう花なんだろう。
 毎年眺め、ネットで検索しても出てきませんでしたが、またパソコンに向かい、調べてみました。
「いま咲いてんだから〈初夏〉といれて、〈黄色い花〉、〈生け垣〉でどうだ」
 すんなり写真つきであらわれました。
 これだ、なるほど。
〈キンシバイ(金糸梅)〉というそうです。
 写真が撮れればいいのですが、手が不自由で、ちょっとむりでした。
 興味をお持ちの方は、ネットで検索を……
 ひとつ、もやもやが晴れました(^^ゞ

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2017年6月 9日 (金)

あの黄の花は

 長町南の大通りの若緑の並木の葉が、いつのまにか濃くなっていた。店の建ち並ぶ歩道を、電動車いすで行く。
 向かいからの風がときおり強く吹き、あわてて下を向いて帽子が飛ばされるのを防ぐ。
 ほかの県から来たひとは、仙台は風が強いですね、という。冬が寒く感じるのはそのせいもあるかもしれない。緑が濃くなるいまごろの時期、特に暑い日は、その強い風も、かえって心地よい。
 平成二十九年六月九日、昼過ぎに電動車いすに移乗してもらい、しばし長町南(仙台市)の自宅から散策へ出た。
 六月ももう半ばになる。梅雨入りすれば、明けても今度はギラギラした陽の光にやかれる季節になり、ひとりでの散策はとうぶんできなくなると思ったからである。
 先日ララガーデン長町のショッピングモールへ入ったときである。車椅子用のエレベーターのボタンをげんこつの角で押そうとするが、なかなかあたらない。うでを伸ばして動かそうとすると、あさってのほうへいってしまう。脳性まひによる不随意運動といって、自分の意志と関係なく動いたり、動かなかったりする症状である。調子のいいときは、すんなりボタンが押せるのだけれど、やれやれ、まいったな、とため息をついていたところ、
「わたしがボタン、押すんで、こちらにのりませんか」
 ちいさい子を抱いた若いお母さんが声をかけてくださり、高い位置にボタンのあるほうのエレベーターに乗った。
 そして三階で下ろしてもらい、礼をいってわかれ、料理店などみてまわった。隣の同じショッピングモールの建物、ザ・モール仙台長町の家電コーナーへも行った。32型ぐらいでパソコンのモニターにもなるテレビがあればみてみたかったが、品数がなかった。大きな家電店が近くにあればいいのにな、と思う。
 建物を出ると、その垣根の葉に埋まって黄の花が、ぽつり、ぽつり、咲き残っていた。花の大きさは三、四センチで、おしべが輪のかたちになってめしべを囲んでいる。
 いつも気になっているが、春の終わりから初夏にかけ、毎年あの垣根に無数に咲く黄の花の名は、なんというのだろう……。

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2017年5月31日 (水)

年と共に

20175311

 出かけて店の窓ガラスに映る、自分を見ることがある。
 髪が1ミリだと、前の中央の白髪が、ハゲにみえるんだな。
 自分じゃ、信じられんけど、もうすぐ四十代ともおさらばさ。
 年と共に、何が変わったか。白髪とシワがふえた。それだけだな。
 年代を基準に、よくどうこういうけれど、
 子供がいないから、親心が話題になってもわからん。
 家庭ももっていないから、そういう話もわからん。
 彼女だっていたことないから、そういう話もわからん。
 昔はよかった、という話も、興味ないしな。
 あこがれる女優さんやアイドルの年代だって、
 小学校低学年のころと、なんら変わらん(これはたぶん、彼女がいたことないからだと自分では思うんだな。中身の年齢は、経験の種類や立場の変化で変わるんじゃないか)。
 さりとて、まわりに話を合わせんと波風立つから、話をふられりゃ合わせて頷く。
 しかして、ひそかに思う。この世の中、なんで自分と他人を区別しないで、同意して当たり前、みたいに話す人が多いんやろな。
 そういう社会であるいじょう、気にしてどうこうなるわけじゃないし、しゃあないな。
 それより、いま気になってんのは、この髪の長さだ
 少し伸びたから、ハゲに見えなくなったな。
 けれどいまは、何を言われても、
 あこがれの本田美結ちゃん、広瀬すずちゃんに、いわれたわけじゃない、と思うから、傷つかんよ。
 そういえば、年齢若いころは、それは、なかったな……
ヘ(・.ヘ)(ノ.・)ノしりふりダンス♪

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2017年4月20日 (木)

生きていく強さ

 電動車いすを歩道のわきに寄せて、一息つく。心地よい風が吹く季節になった。小さな花が、かすかにゆれている。
 長町南(仙台市)も四月にしては、温かな日が多かった。先日は区役所や郵便局などへ用があって出かけた。
 脳性まひの障害のためはっきり話せなくても、受付窓口の職員さんがなんとか聞き取って代筆してくれる。だから、そちらの用足しは簡単な手続きならひとりですませられる。
 昼過ぎまで自宅訪問していたヘルパーさんが用が終わって帰る。そのとき、玄関から電動車いすへ乗せてもらうのだ。
 用足しに行き、それが早く済んだときは、公園やショッピングモールへ寄ってみたりする。
 外へ出ても、心ない人にであって、気が滅入ることもあるが、それだけではない。
 だいぶ温かくなったとはいえ、日陰などは風が吹くと、まだ寒く、その日もダウンのジャケットを着せてもらっていた。電動車いすを寄せ、エレべーターのボタンをいつものようにひじで押そうとする。そうか、まいったな。
 ダウンのジャケットのふわふわしたそでに包まれたひじでは、くぼんだボタンがなかなか押せない。ひとりでボタンを引っ込ませているふちと格闘していたのである。
「ボタン、押しましょうか」
 小さな子を連れた若いおかあさんが助けてくれた。礼をいってエレベーターへ入ることができた。
 外では電動車いすをちらっと見て、進んでいる先の自転車を、そっとよけてくれていた小中学生にもであった。
 いまどきの若い者は、なんて、よくきくけれど、大人だって、子どもだって、人によりけりではなかろうか。
 そうかといって、ぼく自身も、同じ愚を犯し、特定の立場の人をひとくくりにして距離をおいてしまう心がある。大きなショックを受け、傷ついた心では、共通するものがあると、関係ない人まで、こわくなってしまうのである。
 自分の心さえ、そんなふうにままならない。それを隠すためかっこつけたりしながら、どうしていいかわからずにいる。考えてみるにしかし、だれもがそんなものを背負っていたりするのではないか。
 帰り道、近所の小公園へ寄った。何本かの木に白い花が満開で、しばし見入っていた。その淡い姿には、つつみこんでくれるような優しさ、けなげに生きる強さを感じた。たぶん桜の一種なのだろう。車の行き来が多い小公園である。
 排ガスをかぶっても、毎年この場で、清楚でかれんな花を咲かせ、ここにくる人々の心を和ませてくれていたのだろうか……。

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2017年3月31日 (金)

ああ、磯野波平よ

 夕べ、テレビをつけたら、〈卒業〉をテーマにした歌番組をやっていました。しみじみと、そんな季節なんだとひとりつぶやいていると、きいたことのある声がします。
 曲の紹介をかね、それにまつわる思い出、視聴者からの投稿ですが、読みあげていたのは、あのかわいらしい子役の本田美結ちゃんでした。
 もう小学校を卒業したそうだから、子役とはいわないか。『家政婦のミタ』のテレビドラマで、あんなにちいさかったのに、中学生になるんだそうです。
 ぼくはぼくで気づけば、五年ぐらい先には『サザエさん』の、あのつるっぱげのお父さん、磯野波平がせまっています。
 とほほ……。
 夜になると、疲れがたまって、なんにもしたくなくなります。本田美結ちゃんの天使の笑顔がそこへあらわれ、そんなもの、もう、どこかへ、ふっとんでしまいました。

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2017年1月20日 (金)

空気が冷たくて

 指先が特に、思うようには動かせない。外へ出ると、たびたび、
「ティッシュを……」
 介助者がいなければ、鼻がかめないのである。脳性まひ、という障害のためだ。
 電動車いすに乗せてもらっても、ひとりでの散歩はとうぶん大自然の神がゆるしてくれそうにない。冷たい空気の刺激で涙がぼろぼろ、鼻水も流れて、冴えないオッサンの顔が、さらにたいへんなことになってしまうからだ。
 自宅にいると午前十時に、玄関のドアがひらく。
「よろしくお願いします」
 ヘルパーさんがきて、ぼくはキッチンへ這っていった。
 冷蔵庫をあけてもらって、中をみる。足りなくなっている食材があった。
 ヘルパーさんについてもらい、電動車いすで近くのスーパーへ出かけたのだった。
 スーパーの入り口を通る。温かくてホッとした。鼻水をすすってあたりを見回し、食材売り場へ進む。
 納豆ご飯とか質素な食事が多かったから、たまにはサーモンの刺身もいいか。いや、熱燗をきゅっといっぱい。煮込みおでんも、いいなぁ……。
 店内に流れるアナウンスが、
「もうすぐ節分です」
 遠い時代、病気や災いは鬼のしわざと信じ、豆で払った行事と解説が続く。
 赤鬼青鬼のマンガチックなお面がぎょろりとしたまなこで、行き交う買い物客をみていた。
 正月のつもりでいたら、もう節分が迫っているのか。日のたつのが早いのは年を重ねたせいなのだろうか。こんど誕生日がきたら、ぼくも五十なのか。あぁ……。
 用が終わってスーパーを出た。
 吹いてくる風が冷たくて、またブルッとしてしまう。
 平成二十九年一月二十日、きょうは大寒である。
 空を仰ぐと雲が広がっていた。
「風邪ひかないでね」
 ささやく声がして、みまわすが、それらしき人はない。そばの木が、かすかにふるえ、心なしか寒そうだった。風邪ひかないうちに、ぼくも早く帰ろう。

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2016年11月22日 (火)

建物がゆれて

 自宅の部屋にひとり、ぼくは布団の中で眠っていた。携帯電話につないでいるスピーカーフォンが、枕もとでさわいでいる。
「地震です。地震です」
 寝ぼけ眼でテレビのリモコンを押そうとするが、手があさってのほうへいってしまう。脳性まひという障害のために起きる不随意運動というもので、日によって、思わぬほうへ手がどったんばったん動くばかりだったりする。
 手がダメなら、鼻を使えと、鼻でボタンを押す。やっと、テレビがついた。頭がはっきりしていないが、朝の6時ぐらいだろうか。起床介助のヘルパーさんが自宅に来るまでは、あと1時間近くあった。
 建物のきしむ音がして、ちょっと大きな揺れがなんどかあった。
 津波がきます。沿岸にいる方は、避難してください。テレビで呼びかけていた。
 東日本大震災のときのことが浮かんだ。あれからもう、5年は過ぎているのか。自宅のトイレが壊れて使えなくなったんで、ぼくは福祉施設へ避難していた。
 その1日目は、何が不安かっていうと、はじめて会う介助者ばかりで、人によっては意思の疎通がままならない。舌がもつれ、言葉がはっきりしないためである。
 ぼくは知的障害の伴わない脳性まひ、というのは専門員の判定である。
 けれど障害があるのは、身体だけか。知的も伴うのか。どっちなのか。
 初めて会った人が見て、区別するのがむずかしい。だいたいは、重度の知的障害があるとみられてしまうだろう。
 ふだん関わるヘルパーさんがそうでは困る。外出先では、ま、しょうがないかと思う。
 なれない歯医者さんにあやされ、そのまま合わせていたこともある。
「はい、痛くないからね~。ほら、横、みてみて。かわいいおねえちゃんいるでしょ。おねえちゃん、かわいい人、手ぇあげて」
 歯科助手さんなのか、横にいるそのおねえちゃんを、ちらっと見てニッコリし、
「は~い」
 たしかに歯医者さんは少し誤解はしていたけれど、それなりにコミュニケーションをとりながら、痛みや苦しさを和らげようとしてくださっていた。根はいい人だったのだ。
 東日本大震災のあった5年ほど前のことがよみがえる。避難先の福祉施設で、不安になっていた。
「あ~、知らない人ばかりの施設の中でいったい、ぼくは、どうなるんだぁ」
 介護員さんが部屋にきて、
「尾崎さん、みましたよ、ブログかくんですね。みんな心配してますよ」
 たくさんのメッセージが書き込まれているよ、と教えてくださった。そのころは、だれでもコメントできるニフティサーブのブログサービスを使っていた。避難先の施設の係の人に名刺を渡していたが、ブログのURLも印字してあったのだ。
 携帯電話でブログをみる。なんと、からかいのコメントをしていた人まで、ご無事ですか、と書いてくれているではないか。あれからだいぶ月日が流れていたはずである。
 ほんとうは、いい人だったんだ……。心細かったこともあり、胸にじんわりくるものがあって、目に涙がにじむ。
 それがきっかけで、施設の職員さんも、みんなぼくのはっきりしない言葉を注意して聞いてくださるようになり、安心したのをおぼえている。
 わたしの名字は、変わっているんですよ。尾崎さんの実家、うちの近くじゃないですか。
 避難先の施設の職員さん、利用者さん、ほかにもお世話になった方々がいた。いろんな人とふれあえた思い出が浮かんでは消えていく。
 また部屋がゆれた。どっきりして、
「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」
 東日本大震災のときは、運がよかったのだ。
 大きな地震がまた来たら、避難先がどこになるか。
 話すのに舌がもつれ、言葉がはっきりしないのも、脳性まひの運動神経の障害によるものだ。
 こんど知らない人ばかりになったら何日も、お願いや話をまともに聞いてもらえない状況にならないか。
 それは、いやだ~。

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2016年10月31日 (月)

ハロウィンの魔法使い?!

 暗闇でひとりになると、とたんに静電気や建物のきしむ音がする。就寝介助が終わって部屋の明かりを消し、ヘルパーさんが、おやすみといって玄関を出たあとだ。
 ちなみにぼくには脳性まひという障害があり、手足が満足には動かせない。介助が必要なため、日中は二、三時間おきに自宅にヘルパーさんがくる。
 夜はまわりが静かだからだろう、といつもは気にもしないが、このところはなぜか就寝後、やけに大きな音がしていた。かけてもらった布団の中で、ハッと目をひらいてしまうことが多い。
 布団の横にすわっている気配がするが、ひとりでいる部屋にお化けがいたって、べつにかまいはしないのである。
 街のあちらこちらで、カボチャをくりぬいてお化けの顔にした飾り物が、十月に入って見かけるようになった。女子が目や口から血を流していたり、男子がフランケンシュタインのような傷をつけたりする化粧がある。そんなお化けの仮装でのお祭り騒ぎのようすが、よく朝の情報番組で流れていた。
 朝食介助でいっしょにみていたヘルパーの、あまり年代がぼくとちがわないだろう主婦の人が、
「あんなの、なにが楽しいのかねぇ」
 などというたび、
「そうね」
 と口を合わせていた。心のうちでは、
――ぼくも、あのなかに、はいってみたいな。
 中身は子ども、見た目オッサン、コナンくんと反対(._.)オジギ
 年の数に、中身が追いつかないのは、いまさら悩んだところで、もう変わらない気がする。
 日本に古くから伝わるお化けのイメージはジメッとしている。都心の街中で仮装された外国のお化けさんたちは、みているだけでうきうきしてくるようだが、それは活気のせいだろうか。
 毎年十月に行われるようになったこのお祭り騒ぎは、いつごろから日本に入ってきたのだろう。なんでもハロウィンといって、秋の収穫を喜び、悪魔を払う行事として、古い時代から外国で伝わったものらしいが……。
 就寝時の消灯後、眠ろうとすると、パ~ン、パシッと大きく音がしていたのは、そんなお化けさんたちが、ぼくのところにもまわってきていたからかもしれない。
 子役の本田望結ちゃんみたいなかわいいお化けさんなら、むしろ歓迎である。いや、この白髪まじりの冴えない四十九歳のオッサンの姿を何とかしないと、かわいそうだな。もしかするとこの姿も、ハロウィンのお化けにまじった魔法使いにみせられている夢だったりするのか。
 それなら解けさえすれば、ジャニーズ系のイケてる少年の姿になるはずと、このところは夜毎、祈りの念に力をこめている。
 オッサンの夢よ さようなら~

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2016年10月17日 (月)

精神年齢テスト!?

 眼科の待合室に入ると、鼻水がたれそうになった。
 ヘルパーさんに車いすを押してもらい、地下鉄に乗ってきたが、外の空気は風が吹くとだいぶ冷たかったからだ。自宅を出たのは、朝の8時30分にならないころである。
 待合室は70代の人が5人ぐらいで、ぼくと同じように眼底検査できているひともいたようだ。
 車いす健康診断の時期になるたび、役所で申し込みの手続きをするのだが、がくぜんとするのは、用紙に書いてもらった年である。
「ぼくはほんとうに、49歳なのか」
 そして思う。この年齢になると、親心がわかるようになるね、と語られることが年々多くなっていくのはなぜなのか。子育ての経験がなくても、齢を重ねれば、わかるようになるものなのだろうか。価値観や考えは、年の数で、足並みがそろうものなのか。またそのたび、
「たしかに」
「なるほど」
「そうね」
 とわからないのに相づちをうっているが、われながらなぜそうしているのか、首をかしげたりする。ずっとしっくりこない感があったけれど、最近になって気づいてきた。深い意味など、考えなくていいのかもしれない。たとえば、
「きょうは、いい天気ですね」
 とあいさつするようなものではないか。
 40をすぎれば迷わない、という意味のことをむかし中国にいた偉い先生が言っていたそうだが、それもよくわからなかった。年と共に、わずらわしいことがふえていくばかりのような気がするけれど、そのなかで自分なりにやっていくすべを見つけていく。あんぽんたん頭で考えてみるに、その確立こそが、中国のいにしえの先生の言葉につながるのだろうか……。
 49歳とはしかしながら、年が明けて、誕生日が来れば50である。よく健康診断でひっかかっているところはありますか、と聞かれ、そのたび、まだありませんね、と答えると、
「尾崎さんの年で、マジですか」
 とびっくりされてしまう。が、年下の人にうらやましいといわれると、なんとなく得意になったりしていた。
 今年の結果はどうだろう。いまわかっている項目は、異常なしで、全部の結果は来月に出ることになっている。
 ちなみにインターネットに精神年齢テスト、というのがあってやってみた。結果をフェースブックに呟いているとき、心のうちでほっとしている自分がいた。
「やっと、6歳になりましたでしゅ」

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2016年9月30日 (金)

並んだご婦人さんに

 散策への道すがら、キンモクセイの香りが、ほのかに漂ってくる。近くの家の庭に木があるが、もう咲いたのだろうか。
 アスファルトの路面を枯れ葉がちらほら、乾いた音をたててころがっていく。
 長町南はこのところ、雨の日が続いていたので自宅にいる日が多かった。せっかくの晴れ間である。
 脳性まひという障害で手足が満足に動かせず、話すにも舌がもつれてはっきりしない。そのため、介護サービスを利用しながら暮らしている。
 きょう二人目のヘルパーさんが用が終わって帰るとき、外においてある電動車いすへ移乗してもらった。十二時三十分ごろである。
「お気をつけて」
 次のヘルパーさんの訪問は二時間後だから、それまでに戻れば玄関から中へいれてもらえる。
 平成二十八年九月三十日、久しぶりに仰ぐ青い空である。夏から続いていた灼けるような陽射しがだいぶ和らいで、ロンT一枚では日陰になると少し肌寒かった。
「もう、秋風だな」
 住宅地を抜けると、大通りに沿って深い緑が続いている。このケヤキの並木も、もうすぐ赤や黄色に染まるだろう。
 長町南から長町をへて、広瀬川をみに行こうとしたが、手前であわてて引き返した。忘れていたわけではないが、ぼくは、高所恐怖症だったのである。
 胸がドキドキしてきたので、引き返した。
 電動車いすを操作しながら歩道を進んでいると、こんどはすらりとした足があらわれて、前方の視界を阻んだ。
 その足は、道の右前方をみようとすれば、右へきてかくしてしまう。それなら左がわをみようとすれば、左にきてしまう。
 立って歩いている人ならいいかもしれない。電動車いすの高さでは、超ミニのスカートの人が行く手にあらわれるとまっすぐ前を見ていられない。特に男としては、困ってしまうのである。少しとまってみる。長い髪でおしゃれをした服装は、外回り中のどこかのOLさんだろうか。
 もう時間がない。このおねえさんを、なんとか追い越せないものか。
 広い道になって、追い越せた。やった。
 ホッとしていると、逆に追い越されて、
「はあ……」
 さっきの高いところからの、広瀬川の眺めのせいだろうか。それとも、電動車いすの操作にくたびれてしまったのか。息がもう、はかはかしていた。
 信号を待つあいだ、すぐ後ろを歩いてきていたご婦人さんが横に並んで、温かな笑みを浮かべ、会釈した。どうも、とぼくもお辞儀した。さっきからご苦労さん、という、いたわりの笑顔にも見え、ちょっぴり恥ずかしくなった。
 前方の超ミニのおねえさんに教えてもらうわけにはいかないので、横のご婦人さんに聞いてみたかった。
 夏とか秋だけでなく、冬でも短いスカートをはいたりするけど、女のひとって、寒くないのかしらん?

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