パソコン・インターネット

2015年2月 1日 (日)

パソコン壊れて さあたいへん

 膝立ちで体のほうを移動させ、げんこつの角を、ボタンにあてる。逆に体を固定し、うでを動かそうとすると、そのうでがあらぬほうへばかりいくからである。これで立ち上がってくれるはずのパソコンが、その日はようすがちがった。
 DVD、CDのドライブのランプがつき、カタカタ音がしたあと、ハードディスクが動かず、消えてしまった。と思いきや、ドライブのランプが点り、消える。同じ動作をくり返す。
 こりゃ、困ったなぁ。
 脳性まひの運動神経に関わる障害で、手指があまりいうこときかない。言葉を話すにも、舌が回らず、はっきりしない。慣れないところへ用があって電話をかけると、
「どちらさんですか。朝っぱらから、酔っぱらってかけないでください!」
 ガチャン、と切られること数知れず、小心者のぼくは、なんど経験しても、そのたびショックなのである。
 セールスマンからのときは、まだ40代だというのに、舌が回らず、言葉がはっきりしないからだろう。入れ歯と、まちがえられ、
「あのう、おじいちゃん、息子さんか、お若い方はいらっしゃいませんか」
 子どももいなければ、家庭もないさ。浮いた話もなく、目の前のことに追われるうち、いつしか白髪もふえ、哀愁漂う冴えないオッサンになってしまった。あんまりじゃないか、と思うのだけれど、もう面倒くさいので、こちらも演技し、対応してやる。
「若いもん、みんな出払って、いねんでがす」
「何時に帰ってこられますか」
「さぁ、若いもんだづのごだあ、知ったもんでね」
「そうですか。ありがとうございました」
 電話が切れたあと、なんだか情けなくなる。
 話はそれたが、外との連絡には、パソコンのメール機能が欠かせないわけである。
 介助者がいないと銀行へ行けないから、金の管理もパソコンでやる。買い物のたび、家計簿ソフトへ自分で金額を打ち込む。それがすべて、できなくなり、途方に暮れた。
 昼のヘルパーさんがくるなり、
「昼食はコーンフレークに豆乳だけでだいじょうぶです。その前にパソコンが壊れたんで、修理屋に電話してもらえますか」
 介護サービスの訪問時間がかぎられているから、そうしてやりくりする。タウンページを開いてもらい、何社かリストアップ。いちばん早そうなところに依頼してもらう。
 夕方に業者さんがみきて、重傷だったので持ち帰った。
 さあ、買い物のあと、金の管理はどうするか。
 そうだ、電卓があった。計算してメモに書いてもらえますか、とヘルパーさんに指示するが、
「7のボタンがきかないみたいです」
 なに~、電卓も壊れてるのかい、とほほ、である。
 携帯に電卓の機能があるかも、と教えてくださったヘルパーさんがいた。8年も使っているのに、どんな機能があるか理解していなかったガラケー。さっそくメニューをみると、あった、電卓の機能が…。
 外との連絡は、しばらく携帯のメールを利用したが、なにしろボタンが小さいうえ、間隔がせまい。手指が利かないので、こちらも割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かしてボタンを押す。一通ごと、首と肩が痛くなり、
「アテテのテ~」
 空へ向かってわけのわからんうめき声をあげる。もう限界~。ため息をついていると、携帯が鳴った。修理屋さんである。
「パソコンが直りましたんで、これから伺ってよろしいですか」
「はい、お願いします」
「わかりました」
 いちどお会いすると、ぼくのはっきりしない言葉でも、聞きとってもらえるようになるようだ。
 待ちに待ったパソコンが届いた。原因は、メモリーの故障で、ついでに初期不良の部分、電源ボタンの引っかかりがあったのも、けずって直してくださった。
 自分で使えるようにセットしてくださり、調子がわるくなったら、また連絡ください、今回修理させていただいた部分は保証がききますんで、と親切な方だった。
 手足、言葉の不自由なぼくが、地域生活を送るうえでは欠かせない。パソコンがないと、連絡の不便さだけではない。自分で管理できなくなる部分が多くなり、それが心細かった。はたからみれば、変かもしれないけれど、ひとりになるとパソコンに向かい、
「いつも支えてくれて、ありがとう」
 ほおずりしたくなった。

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2009年4月22日 (水)

賞に選ばれた夢?

「えっ、なに?」
 メールをひらいて、とまどった。
 なんと、ぼくのブログが、賞に選ばれたというのである。
 どこかに応募したおぼえもない。だれかに、うらまれているのかなぁ。きっと、いたずらだ。
 けれども、しごとでねたまれるような、切れる男でもない。
 女の子にモテたりすることもないから、そっちもない。
 う~ん、なんで?
 よくみると、
「今年の『コンテンツ賞』に、尾崎様の『脳性まひ者 しんやのひとりごと』が、選ばれました」
 とあった。
「コンテンツ賞って、なに?」
 ぼくには、ちんぷんかんぷんだ。
 そうだ。広辞苑のソフトで調べてみよう。割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら文字を入力する。すると、出てきた。
 コンテンツとは、中身や内容、といった意味らしい。
 あらためて、自分のブログを読み返してみる。
 哀愁ただよう、四十一の冴えないオッさんの姿があるだけだ。
 それがコンテンツ、という賞に選ばれたなんて、ふしぎだ。
「それにしても、ぼくのブログを賞に選んだという任意団体仙台インターネット推進研究会って名前、なんで思いついたんだ?」
 メールの差出人をみると、どこかでみた名前だと気づいた。
「もしかすると…」
 ブログを登録させていただいている宮城県の情報サイトのオーナーさんじゃなかろうか。調べてみると、名前とアドレスが一致した。
「まじ?」
 メールで問い合わせたら、その団体の研究委員にもなっていて、メールをくれたのだとわかった。
 ほんとうだ。どうしよう。ぼくは、うろたえてしまった。
 こんなことになるなら、せめてもう少し、見栄をはってカッコよく記事にすればいいのに、気がつくと、自分はいつも、冴えないオッさんの姿になってしまう。感情と理性で、思っていることがちがうからか。
 千何百の宮城県内のブログの中から四人選ばれて、そのうちの一人にぼくがなったと式場でいわれても、ピンとこない。
「尾崎さんは、脳性まひ、という障害のことや、日々の生活を書きながら、だれにでもある気持ちを、さらりと書いてらっしゃる。涙が出ちゃってね…。尾崎さんのブログを読むまでわたし、障害のある方に、偏見をもっていたのかもしれないなぁって、それが身にしみて…」
 四月十七日に仙台市一番町で表彰式があり、そのあとの主催者の打ち上げをかねた懇親会にも参加した。審査の方々が、いっしょにビールを飲みながら、そういって励ましてくださり、ぼくはすっかり恐縮していた。
 会社の経営や交通関係、IT関係の会社の方など、ふだんは接点もないような方ばかりで、そこにぼくがいるのが、ふしぎだった。審査の方の一人が、
「尾崎さんのブログに、子どものころに好きだった女の子の話で、体がガクガクしてしまったって記事あったでしょ、あれもよかったなぁ。わたしも、そんなころ、ありましたよ…」
 はじめは緊張して聞いていたが、酔いがまわると、脳性まひによる苦しさが、緩和されてくる。体がリラックスして、気分がよくなってきた。障害のあるなしなど、すっかり忘れ盛り上がった。
 こんなにぼくがほめられるなんて、夢かもしれないなぁ。そう思った。帰宅し、ヘルパーさんに布団をかけてもらって、時計をみる。もうとっくに、夜中の一時をまわっていた…。

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