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2017年4月

2017年4月20日 (木)

生きていく強さ

 電動車いすを歩道のわきに寄せて、一息つく。心地よい風が吹く季節になった。小さな花が、かすかにゆれている。
 長町南(仙台市)も四月にしては、温かな日が多かった。先日は区役所や郵便局などへ用があって出かけた。
 脳性まひの障害のためはっきり話せなくても、受付窓口の職員さんがなんとか聞き取って代筆してくれる。だから、そちらの用足しは簡単な手続きならひとりですませられる。
 昼過ぎまで自宅訪問していたヘルパーさんが用が終わって帰る。そのとき、玄関から電動車いすへ乗せてもらうのだ。
 用足しに行き、それが早く済んだときは、公園やショッピングモールへ寄ってみたりする。
 外へ出ても、心ない人にであって、気が滅入ることもあるが、それだけではない。
 だいぶ温かくなったとはいえ、日陰などは風が吹くと、まだ寒く、その日もダウンのジャケットを着せてもらっていた。電動車いすを寄せ、エレべーターのボタンをいつものようにひじで押そうとする。そうか、まいったな。
 ダウンのジャケットのふわふわしたそでに包まれたひじでは、くぼんだボタンがなかなか押せない。ひとりでボタンを引っ込ませているふちと格闘していたのである。
「ボタン、押しましょうか」
 小さな子を連れた若いおかあさんが助けてくれた。礼をいってエレベーターへ入ることができた。
 外では電動車いすをちらっと見て、進んでいる先の自転車を、そっとよけてくれていた小中学生にもであった。
 いまどきの若い者は、なんて、よくきくけれど、大人だって、子どもだって、人によりけりではなかろうか。
 そうかといって、ぼく自身も、同じ愚を犯し、特定の立場の人をひとくくりにして距離をおいてしまう心がある。大きなショックを受け、傷ついた心では、共通するものがあると、関係ない人まで、こわくなってしまうのである。
 自分の心さえ、そんなふうにままならない。それを隠すためかっこつけたりしながら、どうしていいかわからずにいる。考えてみるにしかし、だれもがそんなものを背負っていたりするのではないか。
 帰り道、近所の小公園へ寄った。何本かの木に白い花が満開で、しばし見入っていた。その淡い姿には、つつみこんでくれるような優しさ、けなげに生きる強さを感じた。たぶん桜の一種なのだろう。車の行き来が多い小公園である。
 排ガスをかぶっても、毎年この場で、清楚でかれんな花を咲かせ、ここにくる人々の心を和ませてくれていたのだろうか……。

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