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2012年5月 9日 (水)

隣の芝生は青い

 住宅の並ぶ道のはじっこを、電動車いすで進む。近くのヤマザワスーパーへ、自宅にきたヘルパーさんと昼前に出かけた。
 平成二十四年五月九日、雲がひろがり、ちいさな青い空がところどころ、のぞいていた。ほおをかすめる風が心地よく、その道すがら、いつしかこれまでのことへの思いをめぐらせていた。
 手足があまりいうこときかず、舌がもつれ、言葉がはっきりしない。脳性まひによる体の重い障害がぼくにはある。
 それでも一度きりの人生なら。
 障害者施設の歯車としてしか生きられない生活に見切りをつけて何年になるか。いまはアパートをかり、訪問介護サービスを利用しながら地域生活を送っている。
 といってもそれで自分らしい暮らしができると、期待しているわけでもない。二、三時間おきに介助者の手が必要なのは変わらないからである。
 施設の部屋ではなく、自宅の部屋へ、介助者がくるかたちになっただけだ。
 介助でどんな人がくるかは、その日、その時間になってみないとわからないのである。
 どちらにしても、たいへんなのは変わらない。ならば、いろんな人のいる地域の風を感じられるところで生きていたい、と思った。
 このブログを読んでくださった方に感想のメッセージをいただくたび、励まされる。
 地域の人に自分の障害を理解してもらいたい。
 生活に影響する介助者と、どううまくやっていけばいいのか。迷いは生きていくかぎりつきものであり、そのありかたを探りたい思いがあった。
 波風立てず、和を大切にし、読んでくださった方に、いくらかでも楽しんでもらいたい。あえて宝探しのように、みつけたものをそれに沿うよう、工夫して書いていた。その努力がしかし裏目にでるときもある。
 いつも楽しそうでいいな。介助者は指名制なんだろうという印象になってしまうこともあるようだ。
 福祉の現場のきびしさは、文字にしないと伝わらないのだろうか。介護士、つまりこの職業の競争率はかぎりなくゼロに近い。いや、このままではマイナスいくらになる日も遠くないだろう。
 福祉サービスの利用者として、どんな介助者と出会うか、という不安は年々大きくなるばかりだ。
 ぼくの場合、合わない人が続くのは心身ともにきついから、いろんな人に来てもらうかたちにしていただいている。人手不足が深刻になれば、そうもいっていられまい。我慢しつづけるしかなかろう。
 たまに、
「働くのがつらいから、重度の障害者になりたい」
 うらやましい、という声を聞く。
 仕事のつらさも、人との関わりによって生じるものだろう。事故にあって、念願の寝たきりになっても、こんどは選べない人の手が必要になる。きつい介助者がくるかもしれないし、それに体の痛みも加わってくる。彼らはそこまで想像して言っているのだろうか……。
 スーパーの入り口に着く。
 あらかじめ、メモしてもらっているのを、カゴに入れてもらう。
「青菜は、いちばん安いので…」
 サポートしてくれていたのは、いつも穏やかな三十代の男のヘルパーさんだった。尾崎さん…、と呼ばれる。
 何種類か並んでいるばあい、そこへ行って、一緒にみながら選ぶのだ。
 帰り道、家々が立ち並んでいる。それぞれの庭に、赤や黄色の花が咲いていた。
 虫が一匹、跳ねた。
「あったかいって、動きやすくて、やっぱりいいですよね」
 その声に、にっこりぼくもうなずく。
 だいぶ前、このヘルパーさんに介助してもらっているときのことがよぎった。話のやりとりの流れで、首をかしげ、
「わだしも、カマキリ虫っていわれたことあります。ほかの人はみんな、人間か動物なんですよ。なんで、わだしだけ、昆虫なのか…」
 気づかなかったけれど、ぎょろっとした目のあたりが、たしかにそれらしかった。声はしているものの、ついてきているはずのヘルパーさんが、いるかどうか、急に気になって電動車いすをとめ、ふり向いた。
──カマキリ虫の化身?


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