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2010年11月

2010年11月27日 (土)

雨女と呼ばれて…

「『わたしんときは、カッパ着たこと、まだないですね、エヘヘ』って、も~、な~に~」
 介護者派遣サービスの事務所を出てくるとき、通院時にずっとつづけてついてくれていた今年大卒の女のヘルパーさんに言われてきたらしい。
 ほおをふくらまし、明るく笑っているのは、ふくよかな女のヘルパーさんだった。三十歳をすぎたぐらいだろうか。
「尾崎さんの通院介助、久しぶり」
 アパートから電動車いすの後ろをついてきてもらう。診療所への道すがら、いまにも降りだしそうな空を、しきりに見あげていた。はじめは気づかなかったが、
「あたし、雨女で…」
 言われてみると、このヘルパーさんとは雨具を着せてもらって出かける、というイメージが、気づかぬうちにぼくのなかにも定着していたのだった。友人や知人と出かけるときも、いつも雨に降られ、その場のみんなに横目でみられているのらしい。
「すみません…」
「いえいえ、たまには雨の中も、風情があって、いいじゃないですか」
 それにこの日はめずらしく、ぽつり、ぽつりといった程度だ。だからカッパは着ていない。
「きょうは、あまり降らないといいなぁ」
 ヘルパーさんは、また空を見上げていた。
 平成二十二年十一月二十六日は曇ったり晴れたりの空だった。かかりつけの街の診療所で、少なくなってきた薬をもらい、ついでに健康チェックをしてもらおうと思い、午後二時ちょっと前にアパートを出てきたのだった。
 オレンジや黄色の葉をつけていた街路樹も、ちらほら裸木になっていた。途中の家の庭の木になっていた柿も、すっかりなくなり、枯れ葉が数枚だけ揺れている。去りゆく秋の気配を感じた。
 歩道に散る枯れ葉を踏みながら、電動車いすで進む。トレーナーにダウンのジャケットを羽織っていたが、後ろをついてきていたヘルパーさんは、それよりだいぶ薄着だった。
 横断歩道で横に並び、襟元を直してくれながら、
「寒くないですか」
「うん、ぼくは、だいじょうぶです」
「あたしは肉ぶとんまとってるから…、平気だけど、尾崎さん、ほっそりしているから…」
 なんとなく思いのこもった声だ。込み上げてくるものをやっとこらえながら、どうしたらいいか迷っていると、信号が変わり、
「青になりました。ハハハハハ」
 うまくごまかしながら、電動車いすで進んでいった。と思いきや、うしろからついてくるヘルパーんが、
「なにを笑ってるんですか、尾崎さん!」
 診療所の待合室は、いつもより込んでいて、マスクをした人が多かった。風邪が流行っているのかもしれない。いまは季節の変わり目だ。それにインフルエンザの予防接種で来ている人もいるのだろう。
 しばらく待っていると、呼び出しの声がかかり、診察室へ入る。
「こんにちは」
 七三に髪を分けた四十代後半の男の先生が、おだやかな笑みを浮かべていた。
 電動車いすをとめると、ぼくの顔色のようすをみてから診察をはじめる。にっこりしながら静かな声で、
「血圧も、正常ですね」
 と言われてほっとする。
「痛み止めの座薬を六個、出しておきますね」
「はい」
 頭を下げて、診察室を出た。
 薬局で薬剤師さんから、
「痛みが出たときのお薬です」
 それを受け取る。運動神経にかかわる障害で、寝ているとき以外は、自分の意思に関わらず、力が入り続ける。
 長いあいだに不自然なかたちで筋肉が使われてきた結果、首の左側、下から二番目の骨が曲がり、神経が触っているらしい。整形外科で何年か前にレントゲン写真を見せられ、その説明を受けた。
 座薬はそれで強い痛みが出たときに使う薬だ。
 けれど、あとはアレルギーで軽い咳が出るほかは、いたって健康だ。
 薬局を出る。あたりの建物に、やわらかな日が映え、街路樹の影が伸びていた。午後の三時を過ぎたばかりだった。
 するとうしろのほうで、
「エッヘン、きょうは雨、降らなかったもんね」
 勝ち誇ったかすかな呟きが、たしかに聞こえた…。

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2010年11月 5日 (金)

あの子もどこかで…

 街路樹の下の歩道を電動車いすで行く。葉ずれの音がして、枯れ葉が舞い散る。
 平成二十二年十一月四日は青空が広がり、雲がゆっくり流れていた。
 手続きの用があって、長町の銀行へ、ヘルパーさんについてもらって出かけた。
 思いのほか早く済んだので、ショッピングモールのCD売り場に、ふらっと寄ってみた。
 少し前まではネット上のレンタルサービスの会員になっていた。月に何枚もCDを借りるわけではないので、かえってわずらわしくなり、いまは利用をやめていた。
 入り口を入ると、音楽グループ〈いきものがかり〉のポスターが飾ってあり、ヴォーカルの吉岡聖恵さんの、心にしみる歌声が流れていた。
「あぁ、癒されるな…」
 思わずつぶやく。〈いきものばかり~メンバーズBESTセレクション~〉というアルバムCDが発売されたのはわかっていた。そのうちだれかに借りようと思っていたが、目の前にするとほしくなり、
「う~ん、買います」
「買っちゃいますか。フフ」
 ついて歩いてくれていたヘルパーさんに、気がつくと、そう指示していた。
 ルンルン気分で、売り場を出ると、本屋さんとのあいだに、来年のカレンダーが並んでいた。
「一年たつのって、あっという間ですよね。もう、また、年とっちゃうわ」
 言いながら、ゆるいパーマの四十代の主婦のヘルパーさんがついてきてくれていた。強い風が吹くと、髪のかたちがサザエさんになる人だ。
 見やすいカレンダーがいいと思って眺めていると、肩を軽くポンとたたき、のぞき込んで、
「尾崎さん、志田未来ちゃんのカレンダーとか、いいんじゃないですか」
「えっ。ハハハ、未来ちゃん、かわいいけど、部屋に飾るのはちょっとかわいそう…。だってぼく、オッさんだよ」
 志田未来さんは、いまは高校生の女優さんだ。大手広告会社を舞台にした〈サプリ〉というドラマが何年か前にあり、子役で出ていた。
 そのときのころっとした目、ちょっとふっくらしたほお、ちょっとひかえめなキャラ、そこからかもし出す雰囲気に、どきっとしたことがあった。
 ぼくが十四、五歳のころ、障害児施設の夏休みや冬休みに、母の実家のほうへ帰省していたときだった。よく縁側に座って外を眺めながら過ごしていた。すると毎日のように家の前を通っていく女の子がいて、はじめは気にもとめないでいた。
 おかっぱ頭で、ころっとした目、少しほおのふっくらした子だった。十二、三歳ぐらいだろうか。
 女の子など、特別意識したこともなかったのに、気がつくと、
「手も足も曲がってかっこわるいし、おしゃべりだって、うまくできないし…。ぼくなんか…」
 そんなことを思い悩むようになり、眠れぬ夜を何日も明かしていた。
 そのころラジオからよく流れていた村下孝蔵さんの〈初恋〉という歌が、気持ちを代弁してくれているように思えて、じっと聴いていた。
 〈サプリ〉というドラマに出ていた志田未来さんの姿をみた瞬間、あの子が重なって、どきりとしたのである。その話をヘルパーさんにしたことがあった。
「あの、なんていうか、リアルな志田未来ちゃんじゃなくて、似てるコが昔いたっていう話、したじゃないですか。名前も知らないし、片思いなんだけど、そういう、思い出みたいなものがあって…」
 にっこりうなずきながらヘルパーさんは、
「なんとなく、わかる気がします」
 いつのまにかぼくも四十三歳になり、白髪もほんの少しずつ増えてきた。
 どこからみても、哀愁ただよう、冴えないオッさんだ。けれど、目を閉じれば、あの子が、ほほえんでくれている。
 アパートの部屋でひとりになり、買ってきた〈いきものがかり〉のCDをかけ、布団に横たわる。
 心にしみる吉岡聖恵さんのやさしい歌声に癒される。あのころのあの子を思いながら、いつしかぼくは、まどろんでいた…。

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