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2009年9月

2009年9月25日 (金)

夢とうつつで…

 無精ひげを生やし、もじゃもじゃあたまの男の友人(三十半ば)がいる。久しぶりに会った彼は、心もちさっぱりしていた。
 ぼくは車いすで、どこかの料理店にいっしょにいた。
 飲みますと、ぼくが合図を送り、そのつど彼はストローをさした水割りを口元へ持ってきてくれる。酔いが少しまわってくると、脳性まひの症状が緩和されてきた。
 リラックスした気分でいると、店の人が聞いた。
「お二人は、どんな関係なんですか…」
 すかさず彼が、
「ホモダチです」
「ホモダチ…?」
 首をかしげているぼくに、
「友だちのことですよ」
 肩をポンポンとたたき、にっこりしながら言った。
「そっか…」
 よくわからないけれど、きょうは、おいしいの、食べよう、と思っていた。そこで身震いがして、目が覚めた。
 明け方の五時ちょっと前だ。寝るときは、ちょうどよかったのに、だいぶ寒くなっていた。
 脳性まひの症状でふるえながら、電気敷布のスイッチを、手の甲でどうにか入れる。
――いまのへんなやりとりは、夢だったんか?
 あたまをふって、いまみた夢をふり払った。
 きのうの夕方、仙台の繁華街にあるお鮨の店に彼といっしょに出かけたのだった。
 いつもパソコンに向かってばかりいるぼくに、
「たまには気晴らししてみませんか。お鮨のおいしい店があるんですよ」
 と声をかけてくれた。
 じっさいに行った店は、和風の落ちついたところである。まぐろ、イクラ、さんま、メニューの書かれた紙がオレンジの明かりに照らされ、壁に並んでいた。おいしそうに飾ってある魚は、店長さん手作りの模型であると聞いた。
 鮨を箸で運んでもらい、口をパクパクしながら、
「店の雰囲気もいいし、お鮨の味も、スーパーで買うのと、ぜんぜん違いますね」
 そこの店長さんは、優しそうな若い男の人だ。脳性まひのあるぼくの目をまっすぐ見て、笑顔で料理の説明をしてくれた。
 なかでも、生さんまの和え物がおいしかった。店長さんのオリジナルと聞いた。
「秋は、さんま、ですよね」
 ビールをストローで飲みながら、それを箸で口に運んでもらう。リラックスした気分で、お店の雰囲気に浸っていた。そんな夕べだった。
 おいしい料理とほどほどのアルコールは、知らずにたまった心の憂さも、いっしょに癒してくれたようだ。
 夢は身震いしたけれど、目覚めたあとは、いつもよりすがすがしかった。

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2009年9月11日 (金)

学生さんの訪問

 割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら、パソコンのキーボードを打って文を作る。
 運動神経の障害で手指が思ったように動かないぼくは、マウスが扱えないので、トラックボールを使っている。腕をそのボールに乗せ、体のほうを動かし、パソコン画面のカーソルの位置をコントロールする。手だけを動かそうとすると、よけいな力が入りすぎて、あらぬほうへ動く。思わぬリンクがクリックされてしまうのだ。
 東北工業大学一年生の女子学生さん二人が、ぼくがパソコンを操作するときのやり方をまねしてやってみたが、なかなかうまくいかないようすだ。
「う~ん、あれっ、名前がなかなか打てない。尾崎さんのまねして、じっさいやってみると、首とか肩にきますね…」
 パソコンの操作に悪戦苦闘しているのをみていて、クスッとなりそうなのを押さえながら、
「なれないと、このやり方は、たいへんでしょう」
「すごく、たいへんです。尾崎さんも、こうやってパソコン打ってて、疲れますよね」
「体もですけど、ときどき神経も疲れたりするんで、リラックスできる音楽を、低い音量で流してみたりしています」
「いろいろ、工夫されているんですね」
 学生さんはそう言ってうなずいた。
「こんど尾崎さん家に行くとき、カレーライスを作らせていただこうかと思って、いま練習してました」
 ボランティアの派遣など、こまったときに相談にのってもらっているS協会のSさんの紹介で、それからときどきメールでやりとりしていた学生さんたちである。きのうは午前中にみえ、作ったカレーをいっしょに食べながら、料理のできばえを、ああでもない、こうでもないと話していた。
 食事介助など初めてでも、それはそれで、ぼくのほうはかまわない、と思っている。言葉が聞きとれなかったときは、もう一回、と言ってください。そうはじめに言っておき、あとはやり方を自分で説明しながら、介助をしてもらえばいい。ボランティアさんは、多少の時間は融通が利く場合が多いからだ。
「食事の介助は、こんな感じで、だいじょうぶですか」
「ええ、適当に、口へつっこんでください」
「つっこんでくださいって…」
 学生さんたちが笑うと、ぼくはほっとする。介助体験のときもせっかくなので、少しでもリラックスしながらすごしてもらったほうがよい。障害の部分以外のところも含め、ひとりの人間として、いろんな人をみてもらえればと思うからだ。関わった学生さんは、卒業すればいろんな会社に就職するだろう。それぞれの場で、バリアフリー化が進んでいくことも、ほくは期待していたりする。
 人は、ひとりでは生きていけない、とはよくいう言葉である。福祉だって、一部の人だけに恵んでやるしくみ、と考えるのはおかしい。障害のあるなしではなく、こまった状況はだれでもあるものだ。子どもも高齢者も、働いている人も、病気でいる人も、それぞれの生きがいを見つけて日々の活動ができるよう、すべての人が支え合って生きている。それが本来目ざすべき福祉のかたちだ、とも思う。
 ぼくも外へ出かければ、手をかりるのは、慣れた人ばかりではない。通りかかった人にも声をかけて助けてもらう。だから、あえて慣れていない人に自分で説明しながら介助をしてもらうのも、ぼくにとっては伝え方の勉強にもなる。
「それにしても、静かな音楽を聴きながら、こうやって食べたりするのも、なんか、いいですよね。中学のとき、校内放送で、こういう音楽が流れてましたね」
 学生さんが言いながらカレーライスを口へ運んでくれていた。ぼくはパクパクしながら、
「学校で流れていた曲は、その日によってちがったり、するんですよね」
「そうですね…」
 話しのやりとりも、さらりさらりとしていて、ぼくもホッとしていられた。ゆったりした気持ちで過ごすことができた。学生さんたちのほうで、気を使ってくれていたのかもしれない。
 こだわりの材料を持ち込んで、時間をかけてコトコト煮込んで、学生さんたちが作ってくれたカレーライスが、すごくおいしかった。
 お礼のメールを送ると、次回の料理も楽しみに、そう返事が届いていた…。

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