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2009年4月

2009年4月22日 (水)

賞に選ばれた夢?

「えっ、なに?」
 メールをひらいて、とまどった。
 なんと、ぼくのブログが、賞に選ばれたというのである。
 どこかに応募したおぼえもない。だれかに、うらまれているのかなぁ。きっと、いたずらだ。
 けれども、しごとでねたまれるような、切れる男でもない。
 女の子にモテたりすることもないから、そっちもない。
 う~ん、なんで?
 よくみると、
「今年の『コンテンツ賞』に、尾崎様の『脳性まひ者 しんやのひとりごと』が、選ばれました」
 とあった。
「コンテンツ賞って、なに?」
 ぼくには、ちんぷんかんぷんだ。
 そうだ。広辞苑のソフトで調べてみよう。割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら文字を入力する。すると、出てきた。
 コンテンツとは、中身や内容、といった意味らしい。
 あらためて、自分のブログを読み返してみる。
 哀愁ただよう、四十一の冴えないオッさんの姿があるだけだ。
 それがコンテンツ、という賞に選ばれたなんて、ふしぎだ。
「それにしても、ぼくのブログを賞に選んだという任意団体仙台インターネット推進研究会って名前、なんで思いついたんだ?」
 メールの差出人をみると、どこかでみた名前だと気づいた。
「もしかすると…」
 ブログを登録させていただいている宮城県の情報サイトのオーナーさんじゃなかろうか。調べてみると、名前とアドレスが一致した。
「まじ?」
 メールで問い合わせたら、その団体の研究委員にもなっていて、メールをくれたのだとわかった。
 ほんとうだ。どうしよう。ぼくは、うろたえてしまった。
 こんなことになるなら、せめてもう少し、見栄をはってカッコよく記事にすればいいのに、気がつくと、自分はいつも、冴えないオッさんの姿になってしまう。感情と理性で、思っていることがちがうからか。
 千何百の宮城県内のブログの中から四人選ばれて、そのうちの一人にぼくがなったと式場でいわれても、ピンとこない。
「尾崎さんは、脳性まひ、という障害のことや、日々の生活を書きながら、だれにでもある気持ちを、さらりと書いてらっしゃる。涙が出ちゃってね…。尾崎さんのブログを読むまでわたし、障害のある方に、偏見をもっていたのかもしれないなぁって、それが身にしみて…」
 四月十七日に仙台市一番町で表彰式があり、そのあとの主催者の打ち上げをかねた懇親会にも参加した。審査の方々が、いっしょにビールを飲みながら、そういって励ましてくださり、ぼくはすっかり恐縮していた。
 会社の経営や交通関係、IT関係の会社の方など、ふだんは接点もないような方ばかりで、そこにぼくがいるのが、ふしぎだった。審査の方の一人が、
「尾崎さんのブログに、子どものころに好きだった女の子の話で、体がガクガクしてしまったって記事あったでしょ、あれもよかったなぁ。わたしも、そんなころ、ありましたよ…」
 はじめは緊張して聞いていたが、酔いがまわると、脳性まひによる苦しさが、緩和されてくる。体がリラックスして、気分がよくなってきた。障害のあるなしなど、すっかり忘れ盛り上がった。
 こんなにぼくがほめられるなんて、夢かもしれないなぁ。そう思った。帰宅し、ヘルパーさんに布団をかけてもらって、時計をみる。もうとっくに、夜中の一時をまわっていた…。

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2009年4月 2日 (木)

いつか わが身…

いつか わが身…
 障害をもつ当事者の集まりが先日あって、ぼくもそれに加わった。障害者やその支援者の現状を、なんとかわかってほしい。そんな思いから、大勢の仲間が集まり、仙台の中心街を、デモ行進した。
「私たち抜きに、私たちのことを、決めるな!」
 自立支援法、という法律が施行されたときの、政府の進めかたを訴える叫びだ。当事者の現状や気持ちを理解しているとは思えないと、生活に困っている仲間が大勢いる。
 本人たちの思いを抜きにしたところで決められた法律の、どこが自立支援法なのか…。
 幼いころの日々が、心に浮かんでくる。
 身の周りのことがほとんど満足にできず、言葉もうまくはしゃべれなかったぼくは、気がつくと、家族や近所の友達と離れ、白い壁に囲まれた施設のベッドにいた。
 そこで、どう過ごすかは、本人のいないところで決められた。
 ある日突然に、一日のプログラムががらっと変わる。職員の態度も変わる。身も心も、きつくて、寂しくて、こんな日々がずっと続くのかと、子ども心に生きる希望もみえなくなった。
 体調を崩すと、このまま重症なって早く楽になりたいとさえ思えた。いつも不安におびえながら過ごしているだけの日々、そんな時期もあった。
 いつも高いところで、知らないうちにいろんなことが決められた。
「あなたのことは、あなたよりも、わかってるんだから!」
 おそらく日本の福祉は、いまも、そんな高いところからの発想しかない人により、いろんなことが決められているのだろう。
 けれども……。
 店の並ぶ歩道から視線を感じ、ちらっと見た。
 家族づれや、学生さんたちが、足をとめていた。この人たちのなかにだって、きっと自分の身に置き換えながら、心を痛めて見守ってくれている人もいるはずだ。
 いまは健康でも、明日は事故にあって、体が不自由になるかもしれない。突然の病気の後遺症で、言葉が出なくなるかもしれない。そうなっても、ほこりをもって生きていける社会になってほしいと……。
 あれからぼくは大人になって、さらに年を重ねた。そしていまは、そう信じてみようと思うようになった。
 ぼくも、テレビの画面に流れる、いろんな犯罪や事件を見るときは、他人事とは思わない。
 ぼくだって、悲惨な状況に追い込まれてしまったら、いくら自分はやらないと思っても、いざそうなると、最悪のことをしてしまうことも、ないと言いきれない。優しさや、思いやりのない社会では、体ばかりが満足でも、心は荒んでしまうと思うからだ。ほかの人の身に降りかかった事件だって、関係ないではすまされない。
 いまはサラリーマンの人も、学生さんの人も、スポーツマンの人だって、時とともに移り変わってしまう。どんな姿や境遇になっても、命あるかぎり生き生きとしていられる社会であってほしい。そう願う気持ちは、誰のなかにもあるはずだ。
 人の痛みを、あすはわが身と置き換えてみる。障害のあるなしではない。ぼくも人として、それは、忘れてならないのだ…。

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