2018年6月 7日 (木)

障がい者長崎打楽団〈瑞宝太鼓〉

 闇と静寂を、和太鼓がうち破った。
 ばちをふる男たちの二の腕がたくましく、スポットライトでステージ上に浮かぶ乱舞は気迫がある。
 二列目の席でみていたぼくは、おなかに響いてくる太鼓の音に、
――おぉぉ~。
 強く訴えかけてくる力のようなものはしかし、生の演奏だから、というだけではあるまい。団のメンバーは、みんな障害を抱えている。生きてきた道は、けっして楽なことばかりではなかったはずだ。太鼓と出会い、表現手段とした。練習の積み重ねの日々、そして人生への想いがこもっているからだろう。
 障がい者長崎打楽団〈瑞宝太鼓〉のコンサートがきのう、仙台市太白区文化センターの楽楽楽ホールで催された。観客席の一員に車いすで加わっていた。
 ぼくが障害者施設から出てアパート暮らしに移ったときパソコンなどでお世話いただいた白髪まじりの男のボラさんと、
「車いすで生演奏きけるライブハウスって、なかなかないんだよね…。防音設備上、ビルの地下とか多いんだけど、ほとんどエレベーターついてないし」
 そんな話をメールでやりとりしていた。
「じゃあこんど、瑞宝太鼓のコンサートがあるんだけど、行ってみない。太白区文化センターだから、車いすOKだし」
 と教えてもらった。
 太白区文化センターは、自宅から歩いて行ける距離である。介護事業所に、移動支援の申し込みをした。派遣されたヘルパーさんに手押しの車いすを押してもらって、会場まできたのだった。
 コンサートのなかばに、休憩時間が十五分あった。のどが渇いたので水分補給にホールの外へ出た。
 出入り口付近の売店で買ったアイスコーヒーを、ストローですする。自宅から近いといえ、ヘルパーさんには車いすを押させてきたので、気になっていた。
「おからだ、疲れてませんか?」
「わだしですか。いえ、ぜんぜんだいじょうぶですよ。いや~、太鼓の演奏、すごいですよね。たのしいです」
 ヘルパーさんに聞いて、それならよかったとホッとし、コーヒーをストローですする。
 太鼓の演舞の後半が始まった。
 小さな金属製の楽器を両手に持ち、体をくるくるまわして進みながら打ち鳴らす。リズムをとって笛を吹く。
 演奏は、もう何曲目だろうか。ばちで太鼓を打つうでも疲れているはずだ。それでも完成度の高い演舞に驚く。心も晴れやかになるのは、演者に楽しげな笑顔があるからだろうか。ファンは、国内だけではないという。
 感動と勇気をありがとう。がんばれ!

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2018年5月23日 (水)

帽子が飛ばされるぅ~

 葉ずれの音が、ときおりざわついた。
 横断歩道の赤信号で待つあいだ、見上げる。並木の緑がだいぶ深まってきていて、風にゆさぶられていた。
 半袖のポロシャツに、長袖のパーカーを着せてもらっていた。それでも少し肌寒い。気温は二〇度ぐらいあるはずだが、風が強いせいだろう。平成三十年五月二十三日、空はくもっていた。
 予報をネットでチェックし、
――雨は降らないな。
 昼過ぎに用が終わって帰るヘルパーさんに、電動車いすに移乗してもらって外へ出る。ひとりでぶらっと出かけたが、住宅地から大通りに出たところで、風が吹きあれたのだった。
――やばいっ、帽子が飛んじまう。
 押さえようにも、手がうまく動いてくれない。そんなときは風が吹いてくるほうへ、瞬時に頭を傾けるしかあるまい。さすれば風は帽子のツバに上からあたり、飛ばされずにすむ。ただ風の向きは、急に変わったりするからやっかいだ。
 すれ違おうとする自転車の人が、帽子を飛ばされ、あわてていた。
  風に吹かても♪
  何も始まらない♪
  ただどこか運ばれるだけ♪
 欅坂46の〈風に吹かれても〉の曲が、頭の中を流れる。ちなみにこのガールズアイドルグループのメンバーのことは、よく知らない。ただダンスがかっこよく、かげりのある楽曲がいくつかある。いやなことがあった日やストレスがたまったとき、たまに聴きたくなって部屋で流すぐらいだ。それで気が晴れたりする。それはそうと、帽子がどこかへ運ばれてはかなわない。
 からだじゅうに力がいつもはいっているのは、脳性まひの運動神経の障害のためで、意思と関係ない。あわてると、さらにその症状が強まり、ちょっとつらくなる。
 強風が吹くたび、電動車いすをとめる。やばいっ、帽子が飛んじまう。それを防ごうと、頭を傾ける。
 いつどっちから強風が吹くか、予想できない。そのたび体がビクッとなる。なんどもだと力が抜けなくなって、もうくたびれたばい……。

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2018年4月21日 (土)

うちのかさまは、行くんかな……

 朝、テレビに泉ピン子が出ているのをちらっとみたら、母の顔に似ているので、
「うちのかさまは、行くんかな」
 あしたのことが気になって、知らなかったら伝えようと、電話のところへ這っていった。手がうまく動かないので、鼻で番号ボタンを押す。
 はい、と出たので、
「オレだよ、オレ、オレ」
「ハハハ、なんだ、オレオレ詐欺が」
 暑くなりそうだから、早いうちに、買い物へ行こうと、支度していたところだったそうだ。予報では25℃を超えるらしい。
 ひとり暮らしの母の家の壁には、雑誌の切り抜きが貼ってある。帰省すると、フィギュアスケートの羽生結弦選手を眺めてなにかつぶやいていることがある。あしたその羽生結弦がくるというので仙台のちまたは盛りあがっているようなのだ。
「母ちゃんは、行くのが」
「いやぁ、そんな元気ないわ、テレビでみでっぺ」
 フィギュアスケート界のイケメンを、ひと目でも見ようという人が集って、押し合いへし合いになるだろうな……。
「うんじゃ、母ちゃん、買い物、行ってくっからや」
 母の元気そうな声にホッとしながら、気をつけてといって、電話をきった……。

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2018年4月 4日 (水)

一年生になったら♪

 薄いダウンジャケットを着せてもらい、電動車いすで用足しへ行く。その道すがらの家の庭で、子どもたちが歓声をあげていた。
「ムカデがいるよ」
「えっ、どこ?」
 小学生ぐらいの子が三、四人、しゃがんで地面を観察しているらしい。
 冬のあいだ、裸の枝をさらしていた木も、桃色の花におおわれている。
 平成三十年四月四日、仙台はまだ、雪が降っていてもおかしくない時季であったろう。なのにここ数日のあいだには、もうすぐ初夏がくるのかと思ってしまう日があった。梅や桜は、早く花を咲かせなきゃとあせっただろう。
 予報では、また寒くなるらしい。土から出てきた虫も、あわてて引っ込んでしまうのではなかろうか。
 スーパーに着く。
 電動車いすの操作はできても手指があまりきかないと、風のある日は、一人では外をいけない。
「すみません、バッグにティッシュが入っているので、出してもらえますか。涙がボロボロで……」
「あらら、花粉ですね」
 他の客に泣いているのかと思われるのが恥ずかしいので、用足しにつきそっていたヘルパーさんにふいてもらってから、スーパーの中に入る。
 ちょうどいまごろか、何年か前に外へ出たとき、ちいさい子がのぞき込んで、
「どうして泣いているの」
 と心配してくれたことがあり、こんな優しい子もいるんだ、と、ますます涙がボロボロになって、顔があげられなくなったこともあったっけ。
 スーパーで品物を見て回っていると、BGMで気がついた。
  一年生になったら♪
  ともだち100人 できるかな♪
 いまは春休みなんだ。入学式が待ち遠しい子もいるのか。
 花粉のせいで涙がボロボロになったのを、泣いてるの?と心配してくれたあの子は、こんど小学何年生になるだろう。元気でいてくれるといい。
  優しい隣人が陰で牙を向いていたり♪(歌・平井堅)
 生きていれば、身近で関わる人たちさえ、信じていいのか、わからなくなるときもある。
 学校も、社会の縮図という。
 心が傷つき弱ってしまうことも、ときにはあったするだろう。
 恥ずかしい大人の背中を、ぼくもみせていないか。胸にそっと、手をあててみる……。

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2017年11月20日 (月)

母が来た?!

 部屋のふとんの上でしばし休んでいると、玄関のドアのひらく音がして、歌声がきこえてきた。
「は~るばる来たぜ♪」
 すかさずぼくは、大きな声で、
「は~こだて~♪」
 はて、だれの歌だったか。北島三郎だ、と思い出した。
 そうして部屋にいるぼくを、泉ピン子に似た顔がのぞく。
「元気でよろしい」
 母(七十代)がようすを見に来たのだ。
 ぼくは長町南のアパートで介護サービスを利用しながら暮らしている。体が思うように動かせないのは、脳性まひという障害のためだ。
 ヘルパーさんの出入りが二、三時間おきにある。母がたまに来るのは、ぼくがひとりでいる時間帯だ。車だと三十分ほどの幸町のアパートで母はひとり暮らしている。そこからバスや地下鉄を乗り継いでくる。
 きょうは北島三郎の「は~るばる来たぜ♪」だったが、登場のしかたは、そのときによってちがう。
「おいっす」
 ドリフターズのいかりや長介みたいだ、とぽかんとしていると、
「なんだ、元気ねえな」
 泉ピン子に似た顔に言われてしまう。その次は、息子のほうものりのりになり、
「おいっす!」
 一時間半ほど、世間話をしたり、部屋の片付けをしてくれたりして帰って行った。
 母が元気だと、いつもながら、ホッとする。

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«これから通院で(^^ゞ