2017年11月20日 (月)

母が来た?!

 部屋のふとんの上でしばし休んでいると、玄関のドアのひらく音がして、歌声がきこえてきた。
「は~るばる来たぜ♪」
 すかさずぼくは、大きな声で、
「は~こだて~♪」
 はて、だれの歌だったか。北島三郎だ、と思い出した。
 そうして部屋にいるぼくを、泉ピン子に似た顔がのぞく。
「元気でよろしい」
 母(七十代)がようすを見に来たのだ。
 ぼくは長町南のアパートで介護サービスを利用しながら暮らしている。体が思うように動かせないのは、脳性まひという障害のためだ。
 ヘルパーさんの出入りが二、三時間おきにある。母がたまに来るのは、ぼくがひとりでいる時間帯だ。車だと三十分ほどの幸町のアパートで母はひとり暮らしている。そこからバスや地下鉄を乗り継いでくる。
 きょうは北島三郎の「は~るばる来たぜ♪」だったが、登場のしかたは、そのときによってちがう。
「おいっす」
 ドリフターズのいかりや長介みたいだ、とぽかんとしていると、
「なんだ、元気ねえな」
 泉ピン子に似た顔に言われてしまう。その次は、息子のほうものりのりになり、
「おいっす!」
 一時間半ほど、世間話をしたり、部屋の片付けをしてくれたりして帰って行った。
 母が元気だと、いつもながら、ホッとする。

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2017年11月14日 (火)

これから通院で(^^ゞ

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(この写真は、きょう撮ってもらいました)
 これから、かかりつけ医院へ行ってきます。
 定期薬をもらい、インフルエンザの予防接種をしてもらおうと思います。
 このつぶやきを打っている時点で午後一時五分、部屋の窓から見える空は、雲が広がっています。
 雨が降らなければいいですが……

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2017年10月21日 (土)

広瀬すずネコニャ~

 日々のストレスで、
 ガチガチになった、
 冴えないオッサンの頭にも、
 広瀬すずちゃんを拝めば、
 草原のそよ風が、吹きぬけていく

ヘ(・.ヘ)(ノ.・)ノしりふりダンス♪
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 カップ麺はあんまり食べないのですが、近くのスーパへ行ったとき、広瀬すずちゃんが目に入って、思わず買っちゃいました。
 きょうのお昼に食べました。味つけがカップ麺にしては思いのほかあっさりしていました。
 空になった容器は棄てるのがもったいない。よ~く洗ってもらって、枕もとの棚に置きました。
 今夜は、いい夢が、みれるでしょうか

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2017年10月18日 (水)

急に冷え込んだとて

 夕方に、ぐんと冷え込んだ日があって、すっかりあわてた。
 とりあえずその日は短時間で準備できること、石油ファンヒーターを出してもらった。
 寒くなると、体の不自由なぼくにとって、電気敷布も必需品なのである。
 次の日に電気敷布をふとんにしいてもらう。数日後、縫い物ができるヘルパーさんが来て、その敷布を、ずれないようにぬいつけてもらった。
 電気敷布を使うのは、明け方に寒くなったときである。体が思うように動かず自分でふとんがかけられないからだ。電気敷布のダイヤルは、手が利かないときは鼻を使えば動かせる。
 冬は寒くなり、そして夏は暑くなる。
 めぐる季節や日々の天気をぼやいたところで、向こう側をコントロールできるものではあるまい。
 寒風と冷雨が身にしみる日もあろう。そういうときは中をあったかくして、カッパを着ればいい……。

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2017年8月29日 (火)

眠っているときの警報、なんとかならないか

 朝早くに枕もとで大音量がして、たたき起こされた。
 ケータイに使っているBluetoothスピーカーだった。寝ていても電話に出れるよう、枕もとにおいている。
 地震がくるのかと、やっと頭をもたげ、携帯画面をのぞく。
 ミサイルが飛んでくるかもしれないっていう警報だった。北朝鮮で発射したらしい。ハワイへ向けた実験か。
 途中の日本に落ちるかも、ということだろう。
 人と人、国と国。
 世界に宗教は数々あれど、心理学の研究結果も数々あれど、現実は気の遠くなるほど複雑でややこしい。なかなか平和にいかないもんだ、とぼくは観念している。むずかしいことはもう、考えたくもない。
 この不自由な体で避難しろったってな、ミサイル飛んできたら、終わりだろう。いつでも覚悟はできてるんだよ。
 それよりぼくが怒っているのは、せっかくの安眠をさまたげられたことだ。
 ケータイ電話の会社か、政府か、どこに苦情を言ったらいいんだ。
 警報の音がうるさい。
 本田美結ちゃんか、広瀬すずちゃんの声にしてくれ。
  ヘ(・.ヘ)(ノ.・)ノしりふりダンス♪

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2017年8月 7日 (月)

仙台七夕祭りで

 地下鉄勾当台公園駅のエレベーターで地上へ出ると、出店が並ぶあたりは、人の波だった。
 仙台七夕祭り見物へ、きのう午後から出かけた。
 家族づれや浴衣姿のカップルが、むこうからきてすれ違う。
 車いすを押してくれていたヘルパーさんは、おだやかな男の人だった。
「人が込んでるけど、祭は雰囲気ですよね」
 ぼくも、うなずく。
 すいているほうへ、車いすを押してもらう。おなかがすいてきた。
「なんか、食べたいですね」
 そう伝える。ところが、へんだな、と首をかしげた。車いすが、高校生らしき女の子のグループのほうへ、そろり、そろり、と進んでいくではないか。水色やピンクの浴衣の花模様が、かわいらしかった。そこで気づいた。
 のんきに思っているところじゃない。
 脳性まひという障害により、話すのに舌がもつれ、ぼくの言葉がはっきりしない。おまけに、まわりがにぎやかすぎて、なんか食べたいと言ったのが、ヘルパーさんには、
「タイプのコがいるんで、あそこへ行きたいです」
 と聞こえてしまったようなのだ。
 ちがう、ちがう、とぼくは手足をバタつかせた。――こんな冴えないオッサンじゃ、まずいよ~。ガールハントなんて、したこともないし…。
 出店をですね、もう少しみたいんです。そうふたたび伝えると、
「あ、なんか食べたいんですね」
 女の子のグループのほうへ進んでいた車いすがバックしたので、ホッとした。
 七夕祭りには織り姫と彦星の、かなしいけれど、ロマンチックな物語がある。
 地下鉄駅のエレベーターの中で、鏡に映る自分をみて、年とったな、としみじみ思ったばかりだった。――そういう浮いた話なんて、なかったな。
 いつしか日は落ち、勾当台公園では歌のステージが始まっていた。
 ハイボールを飲んで少し酔いがまわるにつれ、いつも抜けない体の力が、いいぐあいにゆるんできた。
 意に反して手足が動く症状もなくなり、アルコールのおかげで体がラクになると、祭の雰囲気が楽しくなった。
 さっきのできごとを思い出し、笑いがこみ上げた。
 あのまんま車いすを押してもらって浴衣姿の高校生らしき女の子のグループの中まですすんでいたら、人のよいヘルパーさんだから、
「タイプのコがいるそうです」
 とぼくの思いを通訳?してくれたりするんだろうか。そうなっていたら、ぼくはうろたえるにちがいない。いったいどうしていたんだろう…。

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2017年7月26日 (水)

母におしえられ

 きのうは実家の母(七十代)が、昼過ぎ、ぼくのアパートにようすをみに来ました。
 玄関のドアが開き、
「おいっす」
 ぼくは返事をしました。
「おぉ」
「なんだべ、元気ねえな」
「元気だよ、おいっす」
 と返事しました。
 タツタッタッタ、玄関からキッチンを通って、泉ピン子に似た顔がのぞき込み、
「しんや、なんの日かわがっか。ウナギ買ってきたからや。半分ずつ食うべ!」
「え?」
 土用の丑の日、そんな時季なんだと知りました。
 目の前のことをこなしていくばかりで、気づけば月日の流れは、早いもんだと、黄昏れることもあったりします。いまのぼくはそんな日々です。
 が、離れて暮らしている母が、元気そうだと、ホッとします。
 そういえば〈SEKAI NO OWARI〉の曲、あれいいよ、と母が言っていました。
 一時間半ばかり、世間話をしたりして、帰って行きました。
 あとでYouTubeで探してみましたが、どの曲なのか、息子のぼくにはわかりませんでした。
〈SEKAI NO OWARI〉も、あらためて聴いてみると、元気をもらえるような、いい楽曲、いっぱいあるな……

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2017年7月10日 (月)

耳元でささやく声に

 自宅でふとんに寝ていると、左の耳元で、女の人のささやく声がして、
「しんや、しんや…」
 はっと目が覚めました。
 時計をみると、六時四五分、あと十五分で起床時間です。部屋にはまだ、ぼくしかいません。
 夏になると、〈ほんとにあった怖い話〉というオムニバスのスペシャルドラマをやっていたりしますが、夜、ひとりしかいない静かな部屋でぼんやり眺めながら、つくりもんだな、と思ったりしています。
 今朝の耳元でささやく声も、外のカラスの鳴き声が、そいうふうに聞こえたんだろうな、と思いました。
 かりにお化けだったとしても、それはそれでぼくは平気なのです。
 お金のからんだりする人や団体のいうことは信用しません。
 が、辛いとき、見えないところで支えてくれていたのかもしれないな、とあとからふりかえって、感じることはあります。
 数年前、とてもつらかったときがありました。
 これまで頑張ってきたことは、なんだったんだろう、と、気が滅入っていたのです。
 まったく別々の人から、
「反省なんて、なんにもしなくていいんです。あたりまえにしていても、災難はあるものです」
 それだけいわれておりました。
 朝目覚めてテレビをつけた瞬間、
「これまでやってきたことに、自信を持て!」
 という第一声が、タイミングよく流れてきたりということが多かった。美輪明宏さんが黄色い髪で出てきて、だいじょうぶよ、だいじょうぶだから、と笑みをたたえ、肩をなでてくれる夢もみました。多くは語らず、これからどうしたらいいか、ということは、ヒントもなにもありません。ただ、そういうことは落ち込んでいた時期にかぎってです。
 テレビなどの記憶のいたずらや常識だけでは割り切れないことがなんとなく、あるな、というような気もしています。
 みえないところからも支えられているような気がしながら、ぼくは生きています。

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2017年7月 6日 (木)

日によっては本田美結ちゃんだったりもする

 流れるCM、広瀬すずちゃんを拝めば、ガチガチになったオッサンの頭にも、草原のそよ風が、吹きぬけていく。
ヘ(・.ヘ)(ノ.・)ノしりふりダンス♪
 フェースブックを読み返してみれば、そんなつぶやきが多くて、われながら、なんじゃこりゃ、と思う。疲れがたまっているのだろう。日によって、すずちゃんのところが、本田美結ちゃんだったりする。そういうとき、子猫や子犬をみて、かわいい、と癒やされる感覚に近いかもしれない。
 頭の中は、おとぎの国なのだ。そこでのぼくの姿は、歌って踊れる、ジャニーズ系の少年ということになっている。
「あなたにとって、ちいさなしあわせって、なんですか」と問われれば、まちがいなく、そういう瞬間、と答えるだろう。
 生きていくために介助を必要とする者としては、年々不安が増している。福祉の支え手が少なくなっていき、合わないからといっても介助者を変えてもらうわけにはいかなくなろう。このままだとさらに日々の介助者との関わりだけで神経をすり減らすようになっていくのではないか。休む時間がないと、やっていけないわけである。
 日本のお偉いさんよ、新聞を読んでみたまえ。
 学校ではイジメによるとされる生徒の自死、電車内の痴漢逮捕、家庭内の問題で起きる事件。
 人と人との関わりは、口も満足、体も満足な人同士でさえ、むずかしいのである。
 そろそろ良心をあてにした福祉のかたちを、もっとシビアな目をもって変えていけないものなのか。介護職の給料があがらないかぎり、しっかりした人も集まるまい。
 ときたま、障害者はラクでいいな、なんて声を聞く。そういう人たちも、他の立場をわが身に置きかえられない、という障害を抱えているんだろうな。身体の障害を背負って五十年生きてきたいま、しみじみ思う。そういう人たちを福祉職に就かせて、いいわけがない。
 ほかの職種に就けない人も、世間体といったたぐいの理由だけから、しょうがなく就く仕事にしてしまわれては、ほんとうに困るのである。 
 体も動かず口もきけない人たちが、どんな心ない仕打ちに堪えて、つらい日々を送っているのか、ほんとうにわかってらっしゃるのか。かたちばかりの対策では意味がないのである。
 医学の進歩で診断名のつく病気がふえていよう。これまで健常者とされていた人たちにも、そのうちなんらかの障害名が診断されてついていくんじゃないか。
 健常者という言葉がなくなるころ、はたしてどうなっているのだろう。わかりあえる社会になっているか。もう人という類はいなくなっているのか。まあ、難しい話はいい。
 わかり合えない社会をふんばって生き抜くのに、この白髪まじりのオッサンの心も少々くたびれてきた。お手上げと思い、まけてしまいそうになるときがある。
 テレビ画面の向こうは遠い世界だけれど、それでもそこに広瀬すずちゃん、本田美結ちゃんの笑顔があらわれるだけで、もう少しがんばってみようという気持ちになれるのだ。
 テレビに関わる御方々、これからもたのみますぞ。

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2017年6月29日 (木)

真夏の猛暑の予感

 あちこちでカラスが、かったるそうに鳴くのだ。住宅地の道のはじっこを、電動車いすではしりながら、へんだな、と首をかしげる。

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(白い帽子は誕生日プレゼント、友だちがくれました。いいでしょ(^^ゞ  )
 平成二十九年六月二十九日、昼ごろ、長町南周辺を散策した。大通りは、緑が濃くうっそうとした並木が続いている。仙台はもう梅雨に入ったはずである。いつもの梅雨時は涼しくて、トレーナーを着ていた気がする。ところが外は日ざしが強く、梅雨のさなかとは思えない。
 風があるから、まだそれほど暑いとは感じなかったけれど、背中やわきが汗ばむほどだった。
 あさってからさらに、「暑くなるみたいですよ」と、誰かが言った。あのかったるそうなカラスの鳴き声は、やがておとずれる真夏の猛暑を察知してのことか。
 きょねんは自宅のエアコンが、梅雨時に壊れ、1日か、2日後、大家さんが新品に取り換えてくれた。おかげで真夏も自宅は快適だった。もし壊れるのが猛暑の時期だったら、1日、2日は汗だくで過ごさなければならなかった。
 年々夏の外の暑さが厳しくなっているのは、たしかなのである。あのカラスたちのかったるい鳴き声が、
「今年はさらに暑くなる。ぼくらは色が黒くて熱を吸収してしまうんだ。日ざしが強くなったら、もうここにいると焼けちゃうよ」
「いつものとこはダメだ。ことしは、あっちだ」
「あっちまでいくのぉ、めんどうくさいなぁ」
 そんなやりとりでなければ、いいのだが……。

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