2018年7月 9日 (月)

母が来て……

 用が終わってヘルパーさんが帰ってから、昼すぎに部屋でひとり、休んでいると、仕切り戸が開いて、泉ピン子に似た母の顔があらわれ、
「おいっす!」
 いかりや長介かい、と心のうちでつぶやきながら、おいっす、と返事した。
 幸町からバスと地下鉄を乗りついで、ようすをみにきたのだ。ぼくは長町南にアパートを借りて介護サービスを利用しながら暮らしている。母が、
「よし、元気があって、よろしい。ん、おお、いい歌きいったな。だれの?」
「幹mikiさんの〈宙そら〉っていうアルバムCDだよ」
 わからない、と母が言う。そんなはずはないとパソコンを立ち上げ、YouTubeで〈仙台ゆりが丘マリアージュアンヴィラCM〉を検索して出してやると、流れる歌に母は耳を傾け、
「ああ、しってるしってる。きれいな声で歌う人だべ」
 そこから昨日、長町の〈びすた~り〉というレストランでいろんなアーチストさんのライブがあって、夕方に移動支援のヘルパーさんを頼んでみに行ったんだよ、という話をした。
 幹mikiさんのCDを買ってきたのは、歌を聴いていると心がおだやかになり、曲に込めた思いやメルヘンチックな話もきけて楽しかったからだ。
「ビールとか飲みながら?」
「うん」
 ぼくの体はいつも意に反してよけいな力が入り、たまに苦しくなるときがある。顔もゆがむ。それが、アルコールが入ると緩和されて、楽になる。ライブも、より楽しんで聴けるようになる。
 泉ピン子に似た顔が、にっこりうなずき、
「それはよかった」
 元気そうな母に、ぼくもホッとしていた。
 母は時計をみて、
「もう、こんな時間だ」
 次のヘルパーさんが来る前に、
「泉ピン子は、帰るぜよ」
 といい、母は部屋を出て行った……。

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2018年6月 7日 (木)

障がい者長崎打楽団〈瑞宝太鼓〉

 闇と静寂を、和太鼓がうち破った。
 ばちをふる男たちの二の腕がたくましく、スポットライトでステージ上に浮かぶ乱舞は気迫がある。
 二列目の席でみていたぼくは、おなかに響いてくる太鼓の音に、
――おぉぉ~。
 強く訴えかけてくる力のようなものはしかし、生の演奏だから、というだけではあるまい。団のメンバーは、みんな障害を抱えている。生きてきた道は、けっして楽なことばかりではなかったはずだ。太鼓と出会い、表現手段とした。練習の積み重ねの日々、そして人生への想いがこもっているからだろう。
 障がい者長崎打楽団〈瑞宝太鼓〉のコンサートがきのう、仙台市太白区文化センターの楽楽楽ホールで催された。観客席の一員に車いすで加わっていた。
 ぼくが障害者施設から出てアパート暮らしに移ったときパソコンなどでお世話いただいた白髪まじりの男のボラさんと、
「車いすで生演奏きけるライブハウスって、なかなかないんだよね…。防音設備上、ビルの地下とか多いんだけど、ほとんどエレベーターついてないし」
 そんな話をメールでやりとりしていた。
「じゃあこんど、瑞宝太鼓のコンサートがあるんだけど、行ってみない。太白区文化センターだから、車いすOKだし」
 と教えてもらった。
 太白区文化センターは、自宅から歩いて行ける距離である。介護事業所に、移動支援の申し込みをした。派遣されたヘルパーさんに手押しの車いすを押してもらって、会場まできたのだった。
 コンサートのなかばに、休憩時間が十五分あった。のどが渇いたので水分補給にホールの外へ出た。
 出入り口付近の売店で買ったアイスコーヒーを、ストローですする。自宅から近いといえ、ヘルパーさんには車いすを押させてきたので、気になっていた。
「おからだ、疲れてませんか?」
「わだしですか。いえ、ぜんぜんだいじょうぶですよ。いや~、太鼓の演奏、すごいですよね。たのしいです」
 ヘルパーさんに聞いて、それならよかったとホッとし、コーヒーをストローですする。
 太鼓の演舞の後半が始まった。
 小さな金属製の楽器を両手に持ち、体をくるくるまわして進みながら打ち鳴らす。リズムをとって笛を吹く。
 演奏は、もう何曲目だろうか。ばちで太鼓を打つうでも疲れているはずだ。それでも完成度の高い演舞に驚く。心も晴れやかになるのは、演者に楽しげな笑顔があるからだろうか。ファンは、国内だけではないという。
 感動と勇気をありがとう。がんばれ!

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2018年5月23日 (水)

帽子が飛ばされるぅ~

 葉ずれの音が、ときおりざわついた。
 横断歩道の赤信号で待つあいだ、見上げる。並木の緑がだいぶ深まってきていて、風にゆさぶられていた。
 半袖のポロシャツに、長袖のパーカーを着せてもらっていた。それでも少し肌寒い。気温は二〇度ぐらいあるはずだが、風が強いせいだろう。平成三十年五月二十三日、空はくもっていた。
 予報をネットでチェックし、
――雨は降らないな。
 昼過ぎに用が終わって帰るヘルパーさんに、電動車いすに移乗してもらって外へ出る。ひとりでぶらっと出かけたが、住宅地から大通りに出たところで、風が吹きあれたのだった。
――やばいっ、帽子が飛んじまう。
 押さえようにも、手がうまく動いてくれない。そんなときは風が吹いてくるほうへ、瞬時に頭を傾けるしかあるまい。さすれば風は帽子のツバに上からあたり、飛ばされずにすむ。ただ風の向きは、急に変わったりするからやっかいだ。
 すれ違おうとする自転車の人が、帽子を飛ばされ、あわてていた。
  風に吹かても♪
  何も始まらない♪
  ただどこか運ばれるだけ♪
 欅坂46の〈風に吹かれても〉の曲が、頭の中を流れる。ちなみにこのガールズアイドルグループのメンバーのことは、よく知らない。ただダンスがかっこよく、かげりのある楽曲がいくつかある。いやなことがあった日やストレスがたまったとき、たまに聴きたくなって部屋で流すぐらいだ。それで気が晴れたりする。それはそうと、帽子がどこかへ運ばれてはかなわない。
 からだじゅうに力がいつもはいっているのは、脳性まひの運動神経の障害のためで、意思と関係ない。あわてると、さらにその症状が強まり、ちょっとつらくなる。
 強風が吹くたび、電動車いすをとめる。やばいっ、帽子が飛んじまう。それを防ごうと、頭を傾ける。
 いつどっちから強風が吹くか、予想できない。そのたび体がビクッとなる。なんどもだと力が抜けなくなって、もうくたびれたばい……。

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